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オスマン帝国英傑列伝

2019.07.08 更新 ツイート

美貌より快活さが魅力だった【魔性の女ヒュッレム(1)】小笠原弘幸

およそ600年という史上まれに見る長期間、繁栄を誇ったイスラムの盟主「オスマン帝国」。前代未聞の大帝国を築いたのはどんな人物たちだったのか。

ベストセラー『オスマン帝国』(中公新書)の著者小笠原弘幸氏がオスマン帝国の傑物10人を考察する新連載。今回は女奴隷から王妃まで上り詰めた、帝国史上最も有名な悪女・ヒュッレムです。

 

ヒュッレム(ティツィアーノ画)(C) Titian ,–1576

*   *   *

皇帝に深く愛された、魔女の肖像

前回につづき、今回も肖像画から始めたい。

色白でふっくらとした女性が、柔らかなまなざしと共に、薄く笑みを浮かべている。簡素だが高級そうな緑のガウンを羽織り、対照的に、その頭にかぶる冠には豪奢な宝石がちりばめられている。


彼女の名は、ヒュッレム。
元キリスト教徒の奴隷身分でありながら、オスマン帝国の黄金時代を現出させた立法王にして壮麗王たるスレイマン一世(位1520-66年)の寵姫となり、のちに正式な后となるまで上り詰めた人物である。スレイマンはヒュッレムを深く愛し、四人まで妻帯を認めるイスラムの教えにあって、実質的な一夫一婦の関係を彼女と結んだ。その華やかなサクセス・ストーリーの陰に、彼女が魔術でもってスレイマンを篭絡し、さまざまな陰謀を張り巡らせライバルたちを排除していったという噂も流れた。西洋にもその名を響かせた彼女は、オスマン帝国史上、もっとも有名な女性であるといってよいだろう。

 

スレイマン一世(位1520-66年)(C) Anonymous after Titian

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小笠原弘幸『オスマン帝国-繁栄と衰亡の600年史』

オスマン帝国は1299年頃、イスラム世界の辺境であるアナトリア北西部に誕生した。アジア・アフリカ・ヨーロッパの三大陸に跨がる広大な版図を築くまでに発展し、イスラムの盟主として君臨した帝国は、多民族・多宗教の共生を実現させ、1922年まで命脈を保った。王朝の黎明期から、玉座を巡る王子達の争い、ヨーロッパへの進撃、近代化の苦闘、そして滅亡へと至る600年を描き、空前の大帝国の内幕に迫る。

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小笠原弘幸

1974年北海道北見市生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。現在、九州大学大学院人文科学研究院イスラム文明学講座准教授。専門は、オスマン帝国史およびトルコ共和国史。著書に『イスラーム世界における王朝起源論の生成と変容――古典期オスマン帝国の系譜伝承をめぐって』(刀水書房、2014年)、『オスマン帝国――繁栄と衰亡の六〇〇年史』(中公新書、2018年)。編著に『トルコ共和国 国民の創成とその変容――アタテュルクとエルドアンのはざまで』(九州大学出版会、2019年)。
 

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