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オスマン帝国英傑列伝

2019.07.01 更新

王子たちの戦い【征服王メフメト2世(4)】小笠原弘幸

およそ600年という史上まれに見る長期間、繁栄を誇ったイスラムの盟主「オスマン帝国」。前代未聞の大帝国を築いたのはどんな人物たちだったのか。
ベストセラー『オスマン帝国』(中公新書)の著者小笠原弘幸氏が、トルコ・中東工科大学に渡り、最新研究をもとにオスマン帝国の傑物10人を考察する新連載。1人目は、中世に終止符を打った稀代の征服王・メフメト2世です。

(写真:iStock.com/PocholoCalapre)

*   *   *

征服王の王子たち

メフメト二世の王子たちのうち、成人したのはバヤズィト、ムスタファ、ジェムの三王子である。母はそれぞれ異なり、母たちの出自は、やはりみな奴隷であった。

メフメトは、正式に結婚した后がいた。王子時代に結婚した、アナトリア南東部を支配するドゥルカドゥル侯国の王女スィッティである。彼女との結婚に際しては、贅を凝らした祝宴が催され、近隣諸国からは使節が招かれた。しかし、この婚姻はメフメトにとって、政略結婚以上の何物でもなかったようである。コンスタンティノポリスを征服して宮廷がエディルネからイスタンブルに移ったのちも、スィッティはエディルネに留めおかれ、1467年に亡くなっている。

三人の王子のうち、メフメト二世がもっとも目をかけていたのはムスタファであったが、彼は1474年、任地のコンヤで病に倒れた。メフメト二世は自らのユダヤ人侍医を送ったものの、ムスタファは回復せず病死した。

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小笠原弘幸『オスマン帝国-繁栄と衰亡の600年史』

オスマン帝国は1299年頃、イスラム世界の辺境であるアナトリア北西部に誕生した。アジア・アフリカ・ヨーロッパの三大陸に跨がる広大な版図を築くまでに発展し、イスラムの盟主として君臨した帝国は、多民族・多宗教の共生を実現させ、1922年まで命脈を保った。王朝の黎明期から、玉座を巡る王子達の争い、ヨーロッパへの進撃、近代化の苦闘、そして滅亡へと至る600年を描き、空前の大帝国の内幕に迫る。

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