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オスマン帝国英傑列伝

2019.06.10 更新 ツイート

150年続いた「兄弟殺し」の習わしとは【征服王メフメト2世(1)】小笠原弘幸

およそ600年という史上まれに見る長期間、繁栄を誇ったイスラムの盟主「オスマン帝国」。前代未聞の大帝国を築いたのはどんな人物たちだったのか。
ベストセラー『オスマン帝国』(中公新書)の著者小笠原弘幸氏が、トルコ・中東工科大学に渡り、最新研究をもとにオスマン帝国の傑物10人を考察する新連載。1人目は、中世に終止符を打った稀代の征服王・メフメト2世です。

*   *   *

(写真:(C)Gentile Bellini  (1429–1507) )

ヴェネツィアの画家が描いた、征服王の肖像

ロンドン、ナショナル・ギャラリー。
ヨーロッパの王侯貴族の肖像画が壁面に隙間なく飾られたこの美術館にあって、ターバンをまとったこの人物の肖像は、異彩を放っているようだ。
肖像の人物は、メフメト二世という。オスマン帝国第七代のスルタンであり、征服王の異名をとる。この国を、真の意味で「帝国」たるにふさわしく作り上げた、オスマン帝国でもっとも有名な君主のひとりが、彼であった。

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小笠原弘幸『オスマン帝国-繁栄と衰亡の600年史』

オスマン帝国は1299年頃、イスラム世界の辺境であるアナトリア北西部に誕生した。アジア・アフリカ・ヨーロッパの三大陸に跨がる広大な版図を築くまでに発展し、イスラムの盟主として君臨した帝国は、多民族・多宗教の共生を実現させ、1922年まで命脈を保った。王朝の黎明期から、玉座を巡る王子達の争い、ヨーロッパへの進撃、近代化の苦闘、そして滅亡へと至る600年を描き、空前の大帝国の内幕に迫る。

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小笠原弘幸

1974年北海道北見市生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。現在、九州大学大学院人文科学研究院イスラム文明学講座准教授。専門は、オスマン帝国史およびトルコ共和国史。著書に『イスラーム世界における王朝起源論の生成と変容――古典期オスマン帝国の系譜伝承をめぐって』(刀水書房、2014年)、『オスマン帝国――繁栄と衰亡の六〇〇年史』(中公新書、2018年)。編著に『トルコ共和国 国民の創成とその変容――アタテュルクとエルドアンのはざまで』(九州大学出版会、2019年)。
 

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