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揺れる心の真ん中で

2018.12.31 更新

交わりはなれて、交わって夏生さえり

 

渋谷。スクランブル交差点の信号が、青になる。

ピィ、ピィと信号機が音をあげ、人の脚が横断歩道へと一斉に伸びる。わたしも前の人につられるようにして、歩き出した。白、黒、白、黒。足元ばかり見ていることに気づき、顔をあげる。おじさん、おばさん、おばあさん、旅行客、若者、OL、サラリーマン……。スクランブル交差点は、一度に3000人が渡ることもあるらしい。友人に似ているような人もいたし、不思議な顔つきの人もいた。

渡りきるまでに本当に多くの人とすれ違った。でも、その誰とも、わたしの人生は交わっていない。この一瞬しか出会わなかった人たち。

彼らはこれからどこへ行くのだろう。どこで生きてきて、どんな人生を歩んでいくのだろう。

 

 

階段を降りたところにあるちいさな居酒屋で、前職のチームメンバー3人と飲んだ。全員男性で、わたしよりも年上。年末だからと当たり前のように集まったが、よく考えてみれば彼らと一緒に働いていたのは、もう3年も前のことだ。

 

あの頃は毎日顔を合わせ、夜中まで一緒に仕事をしたものだったが、今ではみんな違う仕事をしている。転職をした人もいれば、わたしと同じくフリーランスになった人、会社を作った人。プライベートでも結婚をしたり、離婚をしたり、NYに行ったり。皆、それぞれのドラマがこの3年間にはあったようだ。

 

一緒に働いた1年間。当時わたしの人生のすぐ近くを並走していた3本の線は、3年の間にバラバラの方向に走り出し、今やぽつ、ぽつと時折わずかに交わる程度になってしまった。彼らとこうして集まれるのはいつまでだろう。彼らはこの先どんな人生を歩むのだろう。頭の中に、先ほどの交差点の様子が浮かんだ。

 

 

「ねえ、この3年間で起こった出来事ベスト3はなに?」

不意に、ビールを片手に持った先輩が聞いてくる。各々いっせいに居酒屋のどこかに視線を飛ばし、過去を探った。

 

 

3年間で起こったことなんて、山ほどある。仕事は変わったし、暮らしぶりも変わった。自分の性格だって、変わっていないつもりでも変わっているんだろうと思う。ちょうど長年貼ったポスターを剥がした時、壁の日焼けに気づくように。変わってなんかいないと思っていても、ゆっくり染み込むように何かが変わっている。

 

3年前一緒に並走していた3本の線はなくなって、3年前には遠い場所にあった線が、今やわたしの一番近くにいる。彼だ。

 

彼と知り合ったのは1年半前。夏の入り口、東京駅でのことだった。知り合いと一緒にいた彼に、軽く会釈をした。それが、彼をはじめて見た瞬間だった。その瞬間までは見たことも聞いたこともなかった人。今は同じ家で暮らす人になった。

 

 

「どこにいたの 生きてきたの 遠い空の下 ふたつの物語」

 

 

これは、中島みゆきさんの「糸」という曲のワンフレーズだが、わたしはこの歌詞を本当に(大げさでもなんでもなく)かなり頻繁に思いだす。彼が過去を語るとき、彼と出会っていなかった頃を思い出した時、横で当たり前のように眠る顔を見る時。心で問いかける。

 

 

ねえ今まで一体、どこにいたの。

どんな風に生きてきて、わたしはその頃なにをしていたの。

 

 

考えるとすこし寂しく、途方もない気持ちになる。やがて気持ちは大きくなって、もしかしてずっと迷子だったのかもしれないなんて馬鹿げて寂しい気持ちになり、欲張りなわたしは思わず言う。

「もっと早く出会いたかったなぁ」

でも慎ましい彼は、いつもこう答える。

「そう? 俺は、あの時出会えてよかったと思ってるよ」

 

 

こういう話を「縁」というジャンルでくくってしまうのは、あまりにもチープだ。

かといって「運命」という壮大な響きもちょっと違う。

 

なんとかいうか、もっと、奇妙なものだと思う。

偶発的で、そこに意味なんてない。残念ながら、神様が用意していたとも思えない。ただわたしたちは各々の意思で人生の線を走らせ、走らせ、走らせていたら突然誰かとぶつかり、出会う。まるで事故のように。事故に巻き込まれて数年過ごした後、すっとはなればなれになる線も多くある。一方、細く、長く、ずっとそばにいてくれる線も。

 

人との出会い(と別れ)が、人を変える。

彼と出会い愛について考えるようになったように、チームメンバーと出会い今この仕事をしているように。なのに、誰と、いつ、どんな風に出会うのか。それがどんな意味を持つのか。わたしたちは知ることができない。なんだかその世界の仕組みを、憎いとさえ思う。

 


「じゃあ、さえりちゃんは? ベスト3は、何?」

気づくと順番はわたしのところへやってきて、先輩たちがこちらを見ていた。

 

「そうですね、わたしは……」。

 

答えながら思っていた。この3年間は、あまりにも変化に富んでいて、あまりにも幸福だった。だからと言って、「あれが絶頂だった」だなんて思いたくない。これからどれほど時間が経っても、どんな人と出会っても、「3年前のほうがよかった」とか言い出す人にならないようにしたい。

 


「あの〜、お会計、いいですか」

師走の店内は慌ただしく、もつ鍋を食べきったところで即座に追い出されてしまった。狭い店内で上着を羽織り、先輩たちは各々誰かが待つ家へと向かう。

 

 

外はずいぶん寒かった。マフラーをきつく巻き直し、渋谷の交差点前で人混みを再び見つめた。

人が、交わってははなれ、はなれては交わる。

彼らの人生も、わたしと同じように、誰かと出会い、変わっていくのだろう。

 

 

「お待たせ。寒かった?」

ちょうど飲み会を終えた彼がやってくる。

「大丈夫。帰ろう」

彼の横に立ち、ゆっくりと手を伸ばし、3年前にはなかった手を握りしめた。

乾いていて、やさしいぬくもり。

それらを二人の手のひらの中に丁寧に閉じ込めて、交差点を背にゆっくり一歩を踏み出した。

 

 

 

* * *

 

みなさま、こんにちは。夏生さえりです。
急なお知らせとなりますが、「揺れる心の真ん中で」、じつは今回が最終回でした。1年間読んでくださって、本当にありがとうございました。

「日常をベースにしたエッセイが書きたい」

そんな風に思い立ったことから始まった、この連載。27歳から28歳にかけて、今しか考えられないことを主に書いてきたつもりです。おかげで「毎週楽しみにしています」の声もいただけるようになり、本当にうれしかったです。

なんとこちらのエッセイは、来年春ごろ、書籍となる予定です。書き下ろしも加えられたらいいなぁと思っているので、どうかお手にとっていただけると嬉しいです。

ツイートをみて声をかけてくださった設楽さん、毎回感動的なコメントをくださった編集の片野さん、本当にありがとうございました! この時期に、自分の気持ちを書き綴れたことを本当に嬉しく思います。

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揺れる心の真ん中で

”すごい勢いで物事は進む。心はいつだってついていけない。けれど、きっとまた何かがわたしに何かをもたらしてくれる” Twitterフォロワー数合計17万人突破! 妄想ツイートが話題のライター:さえりさんが、日々考えている色んなことを、ゆるく(けれど率直に)綴ります。

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夏生さえり

山口県生まれ。フリーライター。大学卒業後、出版社に入社。その後はWeb編集者として勤務し、2016年4月に独立。Twitterの恋愛妄想ツイートが話題となり、フォロワー数は合計15万人を突破(月間閲覧数1500万回以上)。難しいことをやわらかくすること、人の心の動きを描きだすこと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『口説き文句は決めている』(クラーケン)、共著に『今年の春は、とびきり素敵な春にするってさっき決めた』(PHP研究所)がある。Twitter @N908Sa

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