数多くの大手有名企業でマネジャー研修を担当するコーチングのプロ・播摩早苗氏。そんな播摩氏が描く話題のビジネス小説『宿屋再生にゃんこ』では、部下の心に眠る仕事への情熱を引き出す方法が楽しくわかります。ここでは春からの新リーダーに向けて1章・2章を特別無料公開! 毎日連載でお送りします。 

◆STORY◆倒産寸前の地方旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、寮の居候猫が永理子に向かって語り始めて……。

◆9◆

「で、なんで青島が来るの?」

「顧客サービスの一環ですよ。俺は、管理ソフトには精通しているしね。エリンギに勝てるとこは、たった1年の現場経験だけ」

 青島の来訪に、私は正直ほっとしていた。前日のアウェイの空気に早くも飲まれていたのだ。

 フロントのバックヤードに宿泊部門の事務所がある。表側の重厚さとは真逆の殺風景な部屋だ。パソコンが置かれた事務机が島になり、窓際に支配人用の机があった。パーティションで区切られた応接ブースには、安っぽい8人掛けのテーブルとパイプ椅子、ソファーがあり、埃をかぶっていた。どこの宿屋も、お客の目のないところはこんなものだった。

 青島は、宿泊担当でこの日出勤している瀧本と竹田栞(しおり)、上野和彦、戸川あずさに、新しい端末ソフトの使い方を説明した。宿泊担当者は、フロント業務に加え、事務と予約管理も行なっている。

 全員がそれぞれの席で、青島の指示通り新しい予約ソフトを操作し始めた。

「竹田さん、毎日の入金や出金は、この画面に入力してください」

「はい。ああ、予約のページと連動しているんですね」

 専門学校を卒業したばかりの栞は、私を前にするとろくに挨拶もできないほど固くなっていたが、和やかな青島には緊張を緩めているようだった。

「上野さん、電話予約の管理は、ここに人数を入れて……。こうです。分かりますか?」

「ああ。分かりやすいッスね」

 上野は専門学校を出てすぐに、鳥楓亭に就職した生え抜きだ。6年勤めているこの小さな旅館しか知らない。若者特有の言葉づかいが気になったが、覚えは速いようだった。

「これまでネット系の集客はされていたんですか?」

 青島が、瀧本に聞いた。

「1社だけです。あまりプラスになっていませんが……」

 信じられない話だが、鳥楓亭は今まで公式のホームページをもたず、店舗型の旅行代理店と、個人顧客と、旅行予約ウェブサイト「じゃぱん」だけが営業チャネルだったのだ。

「それは、どちらですか?」

 青島はなぜか、聞くに及ばずのことを瀧本に質問した。

「『じゃぱん』です」

「そうですか。サイトの使い方は、基本的にじゃぱんさんと同じです。ここからログインして。……たとえば残室なんかは、こうやって調整できます」

「ああ。簡単ですね」

 瀧本も、青島の説明を素直に受け入れていた。

「リアル代理店さんの人数確定待ちのときなんかは、残室を少なくしておいて、様子を見たほうがいいですね」

「はい。すでにやっているので、それは……」

 瀧本は、慣れた手つきで端末の操作を繰り返していた。

 34歳、独身、東京のシティーホテルに勤務後、一身上の都合で郷里に戻り、鳥楓亭に採用された。亡くなった女将の腹心だった前支配人ともつかず離れずの関係で、淡々と仕事をこなしてきたと聞いている。

「戸川さん、2部屋同時の精算のときは、こうして……、ソフト上で部屋を関連づけるんです」

 戸川あずさは、街の氷屋の娘で独身だと聞いている。家業の合間に、パート勤務として入っていた。経理事務の経験があると、青島のメモにあった。

 青島は事務所の机の間を行ったり来たりしながら、小一時間指導していた。

「では、他の方への伝達もお願いします。本部では検索サイトで上位に表示されるように対策を始めていますから」

 これからは、利用者がパソコンやスマホに温泉地名を入力して検索すれば、鳥楓亭は上位に表示されるし、じゃぱん以外の旅行予約サイトとも契約が済んでいるので、集客の改善が図れるはずだ。

 新しい管理ソフトへの移行は、問題なく済みそうで、ひとまず安心した。

「甲斐さん、少しいい?」

 青島が帰り際に真剣な表情で私を呼んだ。鳥楓亭に内緒話のできるスペースがあるはずもなく、駐車場まで送った。

「おかしいぞ。気づいてないのか?」

 青島の声が固い。

「何のこと?」

「じゃぱんで、鳥楓亭の先週の予約状況を見てみたか?」

「ううん。先週はバタバタしていて……」

「週末は満室だった」

「えっ! 残室ゼロ表示だったっていうこと?」

「ああ。でな、今朝、本部の管理画面で先週一週間の売り上げを見た」

「それは私も見たわ」

 先週末の稼働率は、やっと30%。この時期は近くにある花畑見物に常連客がやってくるので、どうやらこうやらその数字になったようだ。

「売り上げの明細を見ると、本館で週末埋まっていたのは、一部屋だけだ」

 おかしな話だった。

 二人ともしばらく無言でいた。

「本当に残室ゼロだった?」

「うん。記憶違いじゃないよ。サイトの空室カレンダーには赤のバツが並んでいた」

 誰かが、じゃぱんの残室数を故意にゼロにしたと考えざるを得ない。

 きたか、という感情と絶望が私をおおった。

 末期症状を呈した宿屋は、経営者の目の届かないところで、従業員が不穏当なことを始める。業者からのリベートは珍しいことではないし、献立の原材料の偽装や、架空雇用で給料を横領するなどの不正行為を私は何件も見てきた。

「やったのは、端末が操作できる宿泊担当に限られている」

 だから青島は、さっき瀧本に探りを入れ、宿泊担当が残室数を変えられることを確認したのだ。

「誰かしら」

「分からない」

「なぜそんなことを?」

「見当がつかない。まずは、そこからガチンコだな」

「そういうことね」

「今週末の公式サイトとじゃぱんを注視するんだな」

 青島は、焦るなよ、と言い残して、車を発進させた。

 戦火は、想定外の飛び方をした。誰が何の得があってそんなことをしているのか、不安と疑念が暗雲となって胸に垂れこめた。

 

 〈1章・了〉

 


本日はここまで。明日の公開をお楽しみに!
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播摩早苗『ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』

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