数多くの大手有名企業でマネジャー研修を担当するコーチングのプロ・播摩早苗氏。そんな播摩氏が描く話題のビジネス小説『宿屋再生にゃんこ』では、部下の心に眠る仕事への情熱を引き出す方法が楽しくわかります。ここでは春からの新リーダーに向けて1章・2章を特別無料公開! 毎日連載でお送りします。 

◆STORY◆宿屋再生コンサルタント会社・RSJ本部で働く甲斐永理子。仕事はできるが、再生先の社員の無能さが許せず口論になることも。そんな中、社長から倒産寸前の旅館に支配人として赴任するよう命じられて……。

 

◆7◆

 私にあてがわれた住まいは、鳥楓亭から歩いて10分のRSJの社員寮だった。企業が手放した保養所を社員寮にしている。初日の勤務を終えて初めて寮に行った。

 田舎の保養所らしく、道路との境界があいまいな敷地に、コンクリートづくりの2階建てがあった。砂利の敷かれた場所が10台ほど停められる駐車場になっていて、この日は自家用車が3台停まっていた。

 RSJはこの温泉地の再生をすでに4軒行なっていて、支配人やサービス部門の社員10人ほどが、この寮に住んでいる。

 エントランスから入ると、かつてロビー兼食堂だったスペースがあって、小さなダウンライトの光だけが空間をぼんやり照らしていた。

 食堂のカウンターの陰で、何かが動く気配がした。

「誰かいるんですか?」

 私はビクリとして声を出したが、返事はなかった。

 灯りをつけると、ロビーの片隅に、私が慌ただしくまとめて発送した段ボール箱が積まれていた。裏口に台車を見つけてロビーまで転がしていると、

「こんばんは!」

 背後から声を掛けられた。

「鳥楓亭の甲斐さんですね」

 和やかな笑顔で若い男が立っている。

「はい。甲斐です。あなたは……」

「僕、石橋晴通(はるみち)です。エリアの購買をやっています。普段は蛍雪園(けいせつえん)にいます」

 蛍雪園も、RSJの再生先だ。150室以上あるホテル形式の温泉旅館で、債務ごとRSJが買い取って運営している、いわば直営店だ。

「甲斐さんの異動のことは、青島さんから聞いています。……手伝いますよ」

 石橋は軽い身のこなしで、台車に段ボール箱と布団袋を積み上げた。

 寮は個室で、10畳ほどのダイニングルームにはユニットバスのでっぱりがあり、簡単なキッチンもある。テレビ、冷蔵庫、ソファーなどが備えつけになっていた。次の間だったところにつくりつけのベッドがあり、裸のマットレスが見えた。リノベーション後未入居だったらしく、室内は真新しい。

 石橋が、部屋の隅に荷物を積み上げてくれた。

「夕飯、まだでしょう。ちょっと待っててください」

 そう言うと、自室に戻り、わずか5分ほどで手作りのサンドイッチと、缶ビールをもってきた。

「僕、入社2年目で今35です。RSJに採用になる前は六本木のカフェでマネジャーをしてたんです。ちょっとした料理はつくれるんですよ」

 グラスを私に寄越し、ビールをなみなみと注いでくれた。私たちは、立ったまま軽く乾杯をした。石橋の親しみやすさ、フットワークのよさはまさに接客業にうってつけだった。

「甲斐さんは、本部でガンガンやってらしたそうですね」

 サンドイッチを頬張りながら、石橋は笑った。

「このへんのRSJ系列の宿では有名ですよ」

 そのとき部屋のドアに何かがぶつかった。

「えっ!」

 私の驚きをよそに、石橋は平然としている。

「オカミ。入っていいよ」

 オカミと呼ばれて、わずかに開けていたドアの隙間から入ってきたのは、猫だった。

「猫、大丈夫ですか?」

「ええ、まぁ。石橋さんが飼っているんですか?」

 シルバーと黒のトラ模様の猫が、モンローウォークで私たちのほうにやってきた。まったく警戒していない。むしろ我が物顔だ。

「この寮に棲みついているんですよ」

「オカミっていう名前なんですか?」

「ええ。みんなそう呼んでます。あちこちで餌をもらって、ちょっと太り気味です」

 確かに、胴回りには貫禄があった。オカミはベッドに一飛びで乗り、シーツの掛かっていないマットで前足の爪を研ぎ始めた。

「オカミ、ダメだ!」

 ダメという言葉が分かるのか、猫は石橋の顔をチラと見て出窓の桟に飛び移った。

「甲斐さんの部屋が気に入ったみたいですね」

「そう言えば入ってきたとき、ロビーに気配がありました」

「ああ。きっとこの子ですよ。迎えに出たんだ」

 石橋は、オカミが寮の住人にいかに愛されているかを説明した。

 私は、猫には興味をもてなかった。内心は、ただただ早く再生をやり遂げたいと、はやるばかりだ。「ガンガンやっている」と陰口を叩かれても、とにかく成果を出して、この温泉地の支配人から足を洗いたい。次は、昇格して本部に戻されるだろう。

 石橋が、足りないものがあったら声を掛けてください、と言い残して部屋から出て行くと、一杯飲んだだけのビールが利いて、急に睡魔に襲われた。

 

 

 

 ニャーというオカミの声で薄目を開けると、私は灯りをつけたままベッドに突っ伏していた。どのくらい寝ていたのだろう。多分真夜中だ。近くの草むらからジリッ、ジリッという虫の音が聞こえてくる。東京の喧騒に慣れている私には、怖いくらいの静寂だった。

 オカミは軽い身のこなしで、ベッドに飛び乗った。

「オカミちゃん、まだいたの?」

「あたしの名前、オカミじゃないんよ」

「えっ!」

 目の前の猫がしゃべっていた。

 

 

 


本日はここまで。明日の公開をお楽しみに!
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播摩早苗『ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』

倒産寸前の旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、一匹の猫が永理子に向かって語り始めた!  「舐められるぐらいのマネジャーがええんや」「あんたがアタマ使えば使うほど、みんなはもの考えなくなるでぇ」「マネジメントは『全部自分のせい』から始めるんや」  なぜかマネジメントに詳しい猫の教えで永理子は自分を変えていき……。ストーリーを追うことでチームマネジメントのポイント、旅館事業の裏側、地域活性化のヒントが楽しく学べる!

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