数多くの大手有名企業でマネジャー研修を担当するコーチングのプロ・播摩早苗氏。そんな播摩氏が描く話題のビジネス小説『宿屋再生にゃんこ』では、部下の心に眠る仕事への情熱を引き出す方法が楽しくわかります。ここでは春からの新リーダーに向けて1章・2章を特別無料公開! 毎日連載でお送りします。 

◆STORY◆宿屋再生コンサルタント会社・RSJ本部で働く甲斐永理子。仕事はできるが、再生先の社員の無能さが許せず口論になることも。そんな中、社長から倒産寸前の旅館に支配人として赴任するよう命じられて……。

 

◆6◆

 宴会場の隣にあるラウンジに、料理長の松田市郎と瀧本、そして設楽の3人を連れて移った。

 事前に目を通した松田の履歴書には、三ツ星ホテルで修業したと記述されていた。45歳で、鳥楓亭に来たのは8年前だ。

 和食も器用にこなせ、華やかな懐石風フレンチが好評を得ている。厨房には他に7人の料理人がいる。

 小澤が上司と認識していなかった設楽は、バーテンダーと仲居たちの管理者だが、本人にもその自覚はないようだった。新卒で地元の電鉄会社に勤務したが、2年足らずで鳥楓亭に転職した。愛想笑い一つしない朴訥とした男だった。

「旅館は、部屋と料理です」

 私がそう口火を切ると、色黒の松田は頬を片側だけ緩めて、満足げな顔をした。

「新しい予約からレストラン食に移行します。アネックスの宴会場をレストランにする改修工事には、あさってから入ります」

「いいんじゃないですか」

 松田に異論はなさそうだった。料理人にとっては部屋食よりも、厨房に近いレストラン食のほうが望ましいはずだ。

「目下のところ、すぐに経費削減できるのは食材などの仕入れです。ですから、購買はRSJの地域担当者が行ないます」

 えっ、と声を出して松田が目をむいた。

「食材の質を落とされるのは困るよ。お客も料理でうちを選んでくれてるからね」

「質を落とすとは言っていません。購入先を変えるだけです。それだけでコストが下がります」

「納得いきませんね」

 松田は、同意を強要するように瀧本と設楽をじろりと見たが、二人は口を挟まない。

「何が納得できないんでしょうか?」

 私は、率直に質した。

「そりゃあ、味のことですから、素人には説明できません」

「食べるのは素人です」

「そういう話じゃないんですよ! 分かんないかなぁ。人の味覚は正直なんです。とくにうちに来るお客は、そうなんですよ。それでこの8年、やっと持ちこたえてきたんだ」

 松田が何と言おうと、食材の仕入れはエリア担当が行なわなければならない。とくに米と肉は仕入れ高が多く、経費削減策の第一歩だ。RSJのその方針は決して変えられない。私は、松田の言い分を無視して、話題を変えた。

「前もってお伝えしてありますが、従業員全員が、RSJの給料規定に合わせてもらうことになります」

 賃金台帳で確認した鳥楓亭の給与総額は驚くほど高かった。なかでも目の前にいる松田、瀧本、設楽は異常だ。亡くなった女将は事あるごとに給料の上乗せをし、彼らを引きとめてきたのだろう。そして前支配人は、そこにさらにお手盛りをした。二人とも経営者としては、まったくもって失格だった。

 RSJの給料規定に合わせることは、どんなに抵抗があろうとも、私がマストでやらなければならない任務だ。

「そんな話、同意してないよ!」

 松田が、吐き出すように言って、続けた。

「辞めるものが出てきますよ。今、人を雇うのは大変だ。人が少なくなって忙しくなれば、また辞める。鳥楓亭は回らなくなりますよ! 俺だって分からない」

 退職を辞さない、という脅しの口ぶりだ。瀧本はそれがもともとの顔なのか、醒めた表情で口をつぐんでいた。

「仲居も……。働き口はいくらでもあるんで……」

 設楽は、もごもごと言った。抗弁は松田に任せておきたいというのが正直なところのようだ。

「辞めていただいて構いません」

 私は、3人に毅然として言った。規定給料への減額は、新規の再生現場で最初に飲ませなければならない条件だ。ここで怯んでは、再生がうまくいかないことを私は熟知している。

「書類は各々に用意しています。説明は本部の人事課のものが個別に行ない、納得していただいた上で労働条件書と面談記録に捺印していただきます。辞めると言った場合は引きとめないでください。腐って居残られてもマイナスになるだけですから」

 私は、目の前の3人に伝えたいメッセージを、他の従業員の話として言った。暗鬱な空気のなか、3人は押し黙った。

 覚悟していたことだが赴任1日目に、部門長たちとの対立が表面化した。

 

 

 


本日はここまで。明日の公開をお楽しみに!
ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』好評発売中

この記事をシェア
この連載のすべての記事を見る

★がついた記事は無料会員限定

播摩早苗『ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』

倒産寸前の旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、一匹の猫が永理子に向かって語り始めた!  「舐められるぐらいのマネジャーがええんや」「あんたがアタマ使えば使うほど、みんなはもの考えなくなるでぇ」「マネジメントは『全部自分のせい』から始めるんや」  なぜかマネジメントに詳しい猫の教えで永理子は自分を変えていき……。ストーリーを追うことでチームマネジメントのポイント、旅館事業の裏側、地域活性化のヒントが楽しく学べる!

播摩早苗『えっ、ボクがやるんですか? 部下に教えたい、社会人のものの言い方100

今の時代、部下は「トリセツ」が必要なほど扱いにくい存在。しかし時代の流れだから仕方ないと諦めてしまっていては、彼らを戦力化していくことはできない。本書では上司を呆然・困惑させる今どきの部下の発言を、会話シーンとともに列挙し、どのように指導すべきかを指南。

●こんなNGワードに、上司はどう対処すべき?
「で、どうしましょう?」「わかりやすく説明しますね」「手が空いたときでいいって言ったじゃないですか!」「グーグルになかったので分かりませんでした」