数多くの大手有名企業でマネジャー研修を担当するコーチングのプロ・播摩早苗氏。そんな播摩氏が描く話題のビジネス小説『宿屋再生にゃんこ』では、部下の心に眠る仕事への情熱を引き出す方法が楽しくわかります。ここでは春からの新リーダーに向けて1章・2章を特別無料公開! 毎日連載でお送りします。 

◆STORY◆宿屋再生コンサルタント会社・RSJ本部で働く甲斐永理子。仕事はできるが、再生先の社員の無能さが許せず口論になることも。そんな中、社長から倒産寸前の旅館に支配人として赴任するよう命じられて……。

 

◆4◆

 東京から2時間の鉄道旅を終え、ローカル線の短いホームに降り立ったとたん、草いきれと土の匂いがした。

 改札を出ると数軒の土産物店が並んでいて、その前を、外湯巡りをする旅行客たちが、浴衣にどてら姿で歩いている。温泉地独特の緩く野暮ったい雰囲気のなかで、スーツ姿の私は恥ずかしいほど浮いていた。

 ほんの数軒の商店街を抜け、最初の角を曲がって、緩やかな坂道を上った。

 この1週間、毎日睨み続けてきた鳥楓亭(ちょうふうてい)の帳簿を思い出した。1の位の数字までまぶたの裏に焼きついている。15年前に行なわれた、宴会場を備えたアネックス(別館)の増築が、その後の経営を圧迫していた。

「旅行代理店に踊らされてアネックスをつくったのがつまずきの始まりよ」

 つい独り言が口から漏れる。

 そのころから、店舗型旅行代理店はかつてほどの集客力がなくなる。お客は、代理店を通さず自らインターネットで申し込むようになったのだ。今は客単価の高い宿ほど、知恵を絞って、個人客に選んでもらえる魅力を前面に出さなければならない。

 鳥楓亭は、そんな市場と嚙み合っていない、時代に取り残される要素をたっぷり抱えている旅館だった。

「今どき、宴会場を使う団体旅行なんて、年に何回あるっていうのよ」

 衰退する旅館は、どこも驚くほどお客の変化に鈍感だった。

 坂道から細い路地に入り、ほんの少し歩くと、深い木立に囲まれている鳥楓亭が見えた。駅から徒歩2分という好立地で、丘の斜面にあり、目の前には沢が流れている。

 本館には22室の和室と大浴場がある。確かに本物の木造建築の趣きだ。青緑の屋根瓦が江戸屋敷を彷彿させ、その構えから非日常に誘ってくれる。

 手前の隣地にあるのが問題のアネックスだ。70坪ほどの敷地に5層の鉄筋コンクリート建築で、38室の和洋室、宴会場、ラウンジという構成だ。このアネックスの建築費用として女将は、当時としては高い年利で、5億円近い金を地元の潮風信用金庫に借りた。

 採算が取れたのは、アネックス建築から10年弱の間で、元利ともに返済したのはその間のみ。その後利息だけは支払っていたが、元金返済は滞っていた。前年、女将が急死し、借金は連帯保証人である夫が受け継いだ。

 人通りの少ない小路で、2匹の猫がのんびりと日向ぼっこしていて、私が横を通っても逃げようとしなかった。

 綺麗に刈り込まれたサザンカの生垣前に高級車が停まっていた。その運転席から男が降りた。鳥楓亭のオーナーの鳴海(なるみ)泰三だとすぐに分かった。70代だと聞いていたが、筋肉質の長身で、まだまだ現役の仕事人という雰囲気だ。青島も助手席のドアを開けて出てきた。ここで私と待ち合わせをしていたのだ。青島は、その調子のよさからすっかり鳴海の懐に入っているようだ。

「鳴海さん、この者が支配人として着任した甲斐永理子です」

 青島が、まるで私の上司であるかのように言った。

 鳴海は、30年以上鳥楓亭を経営してきた女将の夫だ。水産加工会社を経営している。妻が亡くなって初めて、借金の返済が滞っていることを知ったらしい。鳴海本人は、宿屋の経営については素人で、この半年は雇いの支配人に任せてきたが、潮風信金への返済に粗利が吸い取られ、鳴海の本業からの持ち出しが続いた。

 土地建物を売却すれば鳴海の借金はチャラになるが、再生の可能性に賭けたいと、RSJとコンサル契約を結んだのだった。

 私たちにとって、お客は旅館の利用者ではない。このオーナーなのだ。

「はじめまして。甲斐です」

「どうかよろしくたのんますよ」

 鳴海は、握手とは言えない強引さで私の手を握った。

「青島さんが、信じてくださいって言ってくれたから、売却を見合わせたんだよ」

 やっぱり。青島は甘い口説で鳴海にウンと言わせたのだ。

「青島さん、言っちゃなんだが、こんなかわいいおねえちゃんが宿屋の従業員を監督できるのかね。待てるのは半年だよ」

 鳴海とRSJのマーケティング部門は、潮風信金に連名で返済計画案を提出した。人員の削減、経費の縮減、ネットによる集客の改善によって、粗利率を上げていくという正攻法のプランだった。潮風信金は、抵当権の実行を半年待つと譲歩してくれたのだ。鳴海が半年にこだわるのは、そういうことだ。私はこれから、その計画を粛々と進め、鳴海の期待を満たさなければならない。

「じゃ、私は……」

 と鳴海は車のドアを開けた。

「え、帰ってしまうんですか?」

「この宿のことはあんたに任せた。念を押すけど、半年だよ」

 鳴海はそれだけを言い残し、細い坂道ばかりのこの街に不似合いな大型の車で走り去った。

「どうして?」

「鳥楓亭のこと、あまり好きじゃないみたいだね」

 青島が意味ありげに答えた。

 果たして半年で黒字化できるのか。リストラをして一部の従業員に泣いてもらうのも、全滅よりはいいと、私は厳しい策も心に秘めていた。

 


本日はここまで。明日の公開をお楽しみに!
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播摩早苗『ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』

倒産寸前の旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、一匹の猫が永理子に向かって語り始めた!  「舐められるぐらいのマネジャーがええんや」「あんたがアタマ使えば使うほど、みんなはもの考えなくなるでぇ」「マネジメントは『全部自分のせい』から始めるんや」  なぜかマネジメントに詳しい猫の教えで永理子は自分を変えていき……。ストーリーを追うことでチームマネジメントのポイント、旅館事業の裏側、地域活性化のヒントが楽しく学べる!

播摩早苗『えっ、ボクがやるんですか? 部下に教えたい、社会人のものの言い方100

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