数多くの大手有名企業でマネジャー研修を担当するコーチングのプロ・播摩早苗氏。そんな播摩氏が描く話題のビジネス小説『宿屋再生にゃんこ』では、部下の心に眠る仕事への情熱を引き出す方法が楽しくわかります。ここでは春からの新リーダーに向けて1章・2章を特別無料公開! 毎日連載でお送りします。 

◆STORY◆宿屋再生コンサルタント会社・RSJ本部で働く甲斐永理子。仕事はできるが、再生先の社員の無能さが許せず口論になることも。そんな中、営業の青島が新しい再生先候補を持ってきた。元銀行員の永理子は社長から意見を求められ……。

 

◆3◆

「社長、無理です」

 手を出すべきではない案件だと私は確信した。

「甲斐さんが無理と判断する理由は?」

 伊勢谷は、事業再生会社の社長にありそうな押しの強いところがなく、いつも温厚に笑っている。思慮深い伊勢谷のことを私は尊敬していた。

「明るい兆しがありません。オーナーにとっても売却がベストです」

 借金残高が土地建物の評価額より低いのは、オーナーにとって不幸中の幸いだ。

 低迷している旅館のオーナーは、債務がかさんでいく悪循環の出口が見えなくて苦しんでいる。だから、手の打ちようがあると聞けば、光を見出して、RSJと契約するのだ。

 だが今回は、現場を切り盛りしてきた女将が亡くなった、という話だ。女将の夫である素人オーナーにとっては、稼業にかじりつくより売却のほうがずっと痛手が小さい。

 従業員は職を失うが、それは考えようによっては新しい人生に踏み出せる好機でもあるのだ。

「明るい兆しがないっていうのは?」

 伊勢谷がただした。

「まず、長期負債の割合が異常に高いですよね。しかもこの数年間元金が減っていません。利息だけ払ってきた。事業を続ける理由が見つかりません」

「だからうちに依頼が来たんです!」

 青島が慌てて言った。

「稼働率が落ちて、利息に利益のほとんどが吸い取られています」

「しかし、当社なら客室稼働率を改善できるでしょう!」

「1泊1人3万円以上ですよね。この価格帯は動きが鈍いです」

「そこにわが社の存在意義があるんじゃないですか。安全な案件だけやってたら、依頼主なんて現れませんよ! 社長、亡くなった女将の夫は、続けたいと言っています。いい顧客もついています!」

「まさか青島さん、RSJが必ず儲けさせますとか、安請け合いしたんじゃないですよね」

 青島はウッと口ごもった。

「社長、これはやめましょう」

 営業は、たとえ再生が厄介でも、受注してしまえば自分の成績の積み上げになる。だが、現場に乗り込む支配人や本部からオペレーションする私たちにとって、それははた迷惑な話なのだ。

 そういった私の判断について、これまで伊勢谷も沙枝も信頼を寄せてくれていたし、今回も同意してくれるはずだった。

「ロケーションは魅力的よね。駅に近いし、渓流を挟んで山が見える。周囲は紅葉の林よ」

 営業サイドの話にはめったに口を挟まない沙枝が言った。

「そうなんですよ。温泉も湯量が豊富で、美肌効果がある硫酸塩泉です」

 青島が揉み手せんばかりに追従した。

「建物も歴史を感じさせるつくりっすよ」

「古い建物は、補修にお金が掛かります」

 私は青島の言葉を皆まで聞かず否定した。

「いや。ここは、堅牢です。古民家を移築したもので、梁は太いし、木の温かみがあって一度見たら魅了されますよ」

「とにかくこの案件は、危険です」

 話を終わらせるつもりできっぱりと言った。

 しばらく誰も声を出さない。いつもは折れる青島も、憮然として譲らない。

「どう。甲斐さん」

 伊勢谷が沈黙を破った。

「ですから社長……」

 伊勢谷が固執している理由が分からず、

「無理なものは、無理なんです!」

 ついピリピリと反応してしまった。

「いや。そうじゃなくて。甲斐さん、やってみたら」

 意図を摑めない。

「そろそろ経験してもいいでしょう」

「はぁっ?」

「支配人」

「えっ……」

「やってみよう」

「まさか。私がですか……」

 絶句した。

 これまで、本部から舵取りをして、老舗旅館やリゾートホテルを再生してきた。だが現場のマネジメント経験はない。

 華蓬の従業員たちの顔が浮かんだ。沈没寸前の船に揺られ、修復しようともしないゾンビたち。過去のブランド力の上にあぐらをかいてきた一団を率いて建て直せるほど、この案件は甘くないだろう。

「旅館の再生は、日々のコストを細々と削っていくしかないんです。引き算なんです」

 私は釈迦に説法と知りつつ、必死で伊勢谷に言った。

「この旅館は小さい利益を出しても、借金返済に飲み込まれています」

「知恵を出せば、やりようがあるでしょう」

「お言葉ですが、もう焼け石に水です」

「コスト削減は重要だし、甲斐さんはそれに関しては一流だ。でもね、それは再生の一面でしょ」

「一面ですか!?」

 伊勢谷の口からそんな言葉が出たことに、私は落胆した。これまで私はコスト削減のために、現場から憎まれることをいとわず、「甲斐永理子は地球外生物だ」と陰口を叩かれながらオペレーションしてきたのだ。そんな私の労苦には頓着せずに、伊勢谷は鷹揚に笑っている。

「現場でね、マネジメントしてごらん。大胆にね。甲斐さんならできるから」

 空々しく聞こえた伊勢谷の励ましだが、反論する言葉は見つからなかった。

 結局私は、数週間後には身の回りの荷物をまとめてその温泉地に向かっていた。

 

 

 


本日はここまで。明日の公開をお楽しみに!
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播摩早苗『ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』

倒産寸前の旅館に支配人として赴任した永理子。黒字化を達成しようと意気込むが、やる気のないスタッフを前に空回りするばかり。そんなとき、一匹の猫が永理子に向かって語り始めた!  「舐められるぐらいのマネジャーがええんや」「あんたがアタマ使えば使うほど、みんなはもの考えなくなるでぇ」「マネジメントは『全部自分のせい』から始めるんや」  なぜかマネジメントに詳しい猫の教えで永理子は自分を変えていき……。ストーリーを追うことでチームマネジメントのポイント、旅館事業の裏側、地域活性化のヒントが楽しく学べる!

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