数多くの大手有名企業でマネジャー研修を担当するコーチングのプロ・播摩早苗氏。そんな播摩氏が描く話題のビジネス小説『宿屋再生にゃんこ』では、部下の心に眠る仕事への情熱を引き出す方法が楽しくわかります。ここでは春からの新リーダーに向けて1章・2章を特別無料公開! 毎日連載でお送りします。

 

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 翌日の夕方、3日間のヘルプを終え、職場に戻った。

 西新宿のビルに、私が6年前に入社した宿屋再生コンサルタント会社、レジオナル・サポート・ジャパン(RSJ)は入っている。

 私のボスである伊勢谷諭は、もともとリゾート地の物件を売買、仲介する不動産会社に勤務していた。その間、旅館やホテルが経営不振に陥るのを目の当たりにし、何とかしたいと考えて7年前、35歳で起業した。スタート時には事務の社員も加えて、たった7人だったそうだ。今RSJは、社員が100人以上にふくれあがり、業界でも名を知られる会社に成長していた。

 RSJは日本各地の30以上の施設とコンサル契約をしている。コンサル契約をすると、まずは財務の健全化を行なう。主に支出が適正かを細かくチェックするが、売り上げが向上すると踏めば、旅行予約サイトの連泊割引などの特別企画にも積極的に参加している。私も財政健全化の部署にいて、新宿の本部から8施設を担当している。

 本部の別働隊は、集客窓口である旅館の公式ホームページの新設・見直しを行ない、集客のサポートをする。空室数を綿密にウォッチし、宿泊料金の設定も慎重に行なっている。

 また、宿屋に乗り込んで現場を仕切っている従業員も40人近くいる。今回の華蓬のように、大規模な旅館を任されたときには、私たち内勤スタッフが現場のサポートに駆り出されるのだ。

 パソコンに電源を入れたとたん、伊勢谷からミーティングブースに呼ばれた。

 ブースには、営業担当の青島敏也と専務でナンバーツーの市川沙枝がいた。沙枝は、IT企業のSEだったが、伊勢谷に乞われて、創立メンバーに加わったという。控えめで、ひたむきに仕事をする姿勢が、部下たちに支持されている。

 円卓についているメンツを見ただけで、待っている話が読めた。

 青島が取ってきた案件だろう。苦戦を強いられている旅館が再生できるかどうか、できるとしたらどのコンサルメニューを提案するか、黒字転向の目途が立つのはいつかなど、金にまつわることを訊ねられるのだ。

 私は、新卒入社で4年間勤めた銀行から転職した。銀行では融資係にいた。決算書から融資の可否を読んでいくことをそのときに覚え、それを買われてRSJに採用されたのだ。

「どう。この旅館?」

 伊勢谷は、テーブルに置いた10冊のファイルを指さした。直近10年の決算書類だ。青島があとを引き取って続けた。

「経営者だった女将が亡くなってから、女将の夫がオーナーを継いで、半年は雇われ支配人がやっていたんだ。でも、その支配人も辞めちゃってさ……」

 青島の説明よりも、数字のほうが頼りになる。私は新しい期から順に、決算報告書に素早く目を通した。

「甲斐さん、うちに来て何年だ」

 伊勢谷が言って、沙枝が、6年ですと静かに答えた。書類を読むのに忙しく、私はそれに反応しなかった。

「僕ら同期入社ですよ」

 青島が言い、伊勢谷が続けた。

「そうなの。甲斐さんのほうがキャリアが長い気がするね」

「へへ……。エリンギは仕事できすぎですから」

 エリンギは私のあだ名だ。

「今回華蓬で、またガツンとやったらしいですよ」

 青島は耳が早い。先日の華蓬での口論を話題にした。

 

 

 RSJが再生を請け負った華蓬の、リニュアルオープンのヘルプに出向いた私は、外国人客の案内にあたっていた。

 そのときロビーに、

「不衛生じゃないですか!」

 女の声が響いた。険悪な表情でフロントの男性従業員に詰め寄っている。子連れ客のようだった。

 女がしきりに指さす先には、オープンの目玉にしようと、ロビーにしつらえたチョコレートファウンテンがあり、外国人の家族連れが群がって、母国語で騒いでいた。よく見ると、スティック状のクッキーをチョコレートにつけては食べ、つけては食べ、とやっている。チョコレートファウンテンは、上の皿からチョコレートが流れ落ち、再び汲み上げられて循環しているので、2度づけは確かに不衛生なのだが、外国人や子供はそんなことにはお構いなしだ。

 私は、すぐさまその外国人観光客に2度づけをやめるように依頼した。

「不好意思、请不要重复浸蘸(ブーハオイース、チンブヤオチョンフジンザン)」

 説明すれば、どこの国の人も理解してくれる。2度づけはすぐに改まった。

 苦情を言った女性客には、丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございます。ご指摘いただきまして本当に助かりました! 私が責任をもってチョコレートを入れ替えますので、30分後にお子様と一緒にお越しください」

 急いで、ラウンジのワンドリンク無料券を2枚取り出して手渡した。

 しばらくして、事務所に引き上げてきたフロントの従業員が、私につっけんどんに言った。

「甲斐さん、ドリンク券2枚というのは、どうなんでしょう」

 長年この宿で働いている地元採用の男で、RSJに反感をもっていることは感じていた。

「どうなんでしょうって、どういう意味ですか?」

「RSJさんはわれわれには経費削減しろと言いながら、自分たちは大盤振る舞いですか」

 私は、ムラムラと胸に怒りがこみ上げてきたが、押し殺して口を開いた。

「あの家族は、何人で来ていましたか?」

「5人連れですよ。あの母親に子供2人、じいさんばあさん!」

「そうですか。ドリンクを5人で注文した場合、支払いはおよそ4000円。2人無料分を引いても、売り上げは2400円。5杯分の原価は250円。儲けは、2150円です」

「でも、もし2人しかラウンジに来なかったら、原価の100円はマイナスですよね」

「100円のコストを使ったとしても、いい気分で帰っていただけば、それは次の来訪につながるんです」

 そんな言い合いをしていると、フロント担当者数人が集まってきて、腕を組んで私を睨み据えた。華蓬は、必要以上の人員を雇用しているし、給与も驚くほど高い。彼らは債務を増やす元凶で、利益を食いつぶしていくまさにゾンビなのだ。目の前の敵意むき出しの従業員たちが、襲い掛かってきそうな気がした。

 だが、私は怯まなかった。

「あの怒りを鎮めなければ、どういう口コミをアップするか分からないじゃないですか」

 RSJでは口コミの重要性を従業員に徹底的に叩き込む。しかし老舗旅館は、ネットの口コミを軽視している。私は一層怒りを募らせた。

 

 

「社長、そこでエリンギはこう言ったんです。『RSJは、高い口コミ評価を経営資産として大切に扱っています。一朝一夕には得られないものですから、皆さんも大切にしてください』って。で、取り巻いていた従業員たちは、口をとがらせるだけで、誰も反論できなかったんですよ」

 青島は、見てきたように伊勢谷に一部始終を話した。情報源は私と一緒にヘルプに行っていた他の社員だろう。

「そんなことがあったの? まぁ、甲斐さんと議論して勝てる人はなかなかいないだろうね」

 伊勢谷は、青島の話を面白そうに聞いていた。

 私はパタンと音を立て、見ていたファイルを閉じた。

 

 


本日はここまで。明日の公開をお楽しみに!
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播摩早苗『ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』

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