数多くの大手有名企業でマネジャー研修を担当するコーチングのプロ・播摩早苗氏。そんな播摩氏が描く話題のビジネス小説『宿屋再生にゃんこ』では、部下の心に眠る仕事への情熱を引き出す方法が楽しくわかります。ここでは春からの新リーダーに向けて1章・2章を特別無料公開! 毎日連載でお送りします。

 

1章 「自分を変えな、成功せえへん」

 

◆1◆

 その宿は、日本有数の温泉地にあり、文人墨客(ぶんじんぼっかく)が愛した老舗だった。と言っても、創業当時のまま残っているのは庭園と名前だけ。建物はホテル形式の豪壮な鉄筋づくりに変わっていた。

「皆には、本当にすまない」

 経営者は、200以上の従業員を前にして、ごま塩頭を深々と下げた。仲居たちがすすり泣く声が聞こえる。板前も白衣の袖で目をぬぐった。泣きたい気持ちは分かるが、ここで弱気になられては困るのだ。まだつぶれてはいない。これから一丸となって事業を再生していく矢先に湿っぽさは禁物だ。

 私は、経営者のかたわらに駆け寄り、柔らかく微笑んでマイクを譲らせた。内心は奪い取りたいくらいだった。

「RSJの甲斐(かい)永理子です。皆さん、私たちがきっと再生してみせます! 本部の私からの指示に従ってください」

 パラパラと拍手が聞こえたところには、RSJ社長の伊勢谷と、営業担当の青島がいた。

 吹き抜けの広いロビーが急に寒々として、私に向けられた従業員全員の顔が、見る間に青白く変わっていった。

「まずは、経費の削減から徹底してやってもらいます」

 従業員の顔がとたんに反抗的なものに変わる。

「RSJの好きにされてたまるか」

「給料を下げたら、辞めてやる」

「老舗を守れ!」

 怒りを超えた憎しみの表情で、不満の声が飛んでくる。

「皆さんは甘い! まだまだです。とにかく、私の指示通りにやってください!」

 私は大声を出したが、急にマイクから音が出なくなって、ハウリングしたようなキーンという機械音が耳をつんざいた。

 私は焦って、何度も同じ言葉を繰り返した。「とにかく私の指示通りに……。とにかく……」

 その声がまるで届いていないかのように、従業員は一斉に背を向け、ぞろぞろと出口へ向かい始めた。

「待って!」

 皆、うなだれて死人のように進む。伊勢谷、青島の姿はもうない。

「待ちなさい!!」

 私が叫んだそのとき、ロビーがいきなり薄暗くなり、従業員がくるりと振り向いた。

 全員、目が血走り、皮膚の血管が浮き出て、手にはハンマーや刃物をもち、いきなり私に向かって襲い掛かってきた。血の滴る口から長い牙をむき出しにしている。これは、ゾンビだ、と瞬間的に思考が飛んだ。そのとき、

「こっちや!」

 と言い、誰かが私の手を引いて走り出した。

 真っ暗な道を疾走したが、底なし沼に足を取られ、一歩も進めなくなってしまう。

「はよう走らなあかんよ!」

 私とつながっている誰かが振り返った。顔の半分ほどもある大きな目で、金色の光線を放っている。口は、デビルのように耳元まで裂けていた。

「キャー!」

 

 

 

 

 

 

 

 自分の叫び声で、目が覚めた。

「夢だったのか……」

 動悸が治まらずに心臓がどくどくと打つ音が続いた。ここがどこなのか、一瞬分からなくなっている。薄暗い部屋の窓が開いていて、外気が吹き込んできていた。

「そうだ。私、ヘルプに来ていたんだ」

 旅荘華蓬(かほう)のリニュアルオープンに駆り出され、従業員寮に泊まっていたことを思い出した。

 昼間、華蓬の従業員と些細なことで口論をした。そのイライラが続いていてなかなか寝つけず、部屋のテレビに接続してあったゲーム機で少しの間遊んだ。そこに登場したゾンビのキャラクターが夢にまで現れたのだ。

 私の手を引いた、あの金色に光る目の正体は何だったんだろう。握った手の柔らかな感触だけが残っていた。

 


本日はここまで。明日の公開をお楽しみに!
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播摩早苗『ストーリーで学ぶ最強組織づくり 宿屋再生にゃんこ』

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播摩早苗『えっ、ボクがやるんですか? 部下に教えたい、社会人のものの言い方100

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