4月5日、七月隆文さん初の単行本『ぼくときみの半径にだけ届く魔法』が発売します。

売れない若手カメラマンの仁はある日、窓辺に立つ美しい少女を偶然撮影します。少女の名前は陽(はる)。難病で家から出られない彼女は、部屋の壁に風景の写真を写して眺める日々を送っていました。「外の写真を撮ってきて頂けませんか?」という陽の依頼を受け、仁は様々な景色を撮って届けることになります……。
心震えるラブストーリーです。

出版を記念して、幻冬舎plusだけで読める発売前の冒頭試し読みをお届けします! 全部で5回の試し読み、ぜひお楽しみください。

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「須和さん」
 彼女が呼びかけてくる。
「このお写真を公開する許可、というふうに伺っていますが」
「あ──はい」
 気を取り直し、説明する。
「作品として使わせて頂きたいんです。コンクールに出すとか、ポートフォリオに使うとか、SNSに上げるとか」
「……ポートフォリオ、というのはなんですか?」
「作品の見本帳です。『こういうの撮ってますよ』って、ファイルにしたもの。それを出版社の人とかに見せて、仕事をもらったりするんです」
「なるほど……」
 迷っているふうだった。
「人目にふれますが、それでトラブルっていうのは、ぼくは聞いたことがないです」
 言葉を重ねる。この写真はなんとしても使わせてもらいたかった。
「全部じゃなくて、コンクールだけとか、どれかだけの許可でいいので。……お願いします」
「あ、頭を上げてください、どうか」
 上げると、困惑に曇る表情があった。けれどぼくの視線を察したとたん、唇の端を窪ませるように持ち上げ、微笑み未満のものを作る。
 その意識というか、人に対する表情の仕草が心に焼きついた。
 彼女がもう一度写真を見る。考えている沈黙。
 ぼくは改めて、広い部屋を見渡す。
 何か特別な事情がある。
 それが何かははっきりしないけど、間違いないだろう。だからこそ彼女はこんなにも迷うんだ。
 続く沈黙の長さで、悲観的な予想がよぎりだしたとき、
「……ポートフォリオだけなら」
 彼女が言って、まなざしを向けてきた。
「それだけなら、いいです」
 ぼくはすっと息を吸う。
 コンクールに出せないのは正直残念だけど、それよりも差し迫っているのは仕事を取ることだ。そういう綾を胸の内に広げ、
「よかった」
 と口に出した。
 すると彼女はふっと目を瞠り、胸に右手のひらを当てる。瞬きを二度して、笑んだ。
 ぼくたちの間に、何か心が通い合ったようないい間合いが訪れた。
「あの、他の写真を見てもよろしいですか?」
「ええ」
 彼女はカメラの操作パネルを見て、すぐ戸惑いを浮かべる。
「そこのダイヤルを回すんです」
「ダイヤル?」
「ええと、丸いギザギザになってるところ。それを左に」
 そのとおりにした彼女が、あっと目を見開く。
 そこに収められているのは、この住宅街や周辺を歩きながら撮ったものだ。
 なのに、彼女のまなざしの色が妙に深くなったのはどうしてだろう。
「あ、この桜」
 どれ? と聞く前に彼女が先回りしてぼくに見せてくる。
 この家から近い十字路にあった桜の木だ。枝がだいぶ剪定されて痛々しい姿になっていたけど、それでも花を咲かせているのがけなげだった。
「植えてる場所とか形が面白いと思って」
 ぼくの言葉にへぇぇ、と感じ入る。くすぐったい。それから彼女はぼくの発言が終わったのか確認するような丁寧な間を置いて、また写真に視線を戻す。
「もう葉桜なんですね」
「ええ。この木はちょっと早いかもです。別の場所ではここまで葉っぱになってなかったです」
「懐かしい」
 つぶやき、ダイヤルを回した。そのフレーズに引っかかりを覚えたとき、
「この公園」
 また見せてくる。
「……それも面白いと思って」
 子供向けの広場に小さい信号機とか横断歩道が置かれ、教習所のコースを小さくしたような造りになっていた。
「私も小さい頃、遊んだことがあります。妹とキックボードで競走したりして」
 ああ、森田さんのお家。
 ここの通りも懐かしい。
 そう写真を見ていく彼女の色合いに、ぼくはひとつの予感を強めていた。
 だって、そこに写っているのは本当にこの家の近くのものなのに、彼女の表情は遠くの故郷に何年かぶりに帰ってきたときのような、そんなふうだったから。
 そして彼女は、最後まで見終えた。
 部屋に沈黙が降りる。白い壁に映された風景の幻に囲まれながら、彼女がそっと口を開く。
「須和さん。私、病気で外に出られないんです」
 ぼくはとっさに反応できない。聞きたいことがたくさん浮かんだけど、ずけずけと踏み込めない。
「あっ」
 そのとき、彼女が大事なことを思い出したふうに体を起こした。
「ずっと立ったままですよね、すみません」
 何か座るものを、と見回したあと、掛け布団をめくり、ベッドから降りようとする。
「椅子をお持ちします」
 ぼくが止めようとしたのと同時に、
「陽様、ただいま持って来させます」
 江藤さんがスマホで誰かと連絡を取る。
「すみません、気づかなくて……」
 彼女が申し訳なさそうにうつむき、自分の手にあるカメラに気づいて、あ、とあわてた顔になる。
「あの、ありがとうございました」
 カメラを掲げ、返す意思を示してくる。江藤さんが速やかに歩み寄って、主からカメラを引き取った。
「お写真、素敵でした」
「いえ……」
 やりとりしている間にカメラを受け取る。しっくり手になじんだ。
 彼女はぼくと目が合うと逸らして、口許だけで微笑みを作る。そわそわとした気配があった。この状況に緊張しているのだろう。気の細やかな子なんだなと思った。

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次回の更新、4月4日が試し読み、最終回です。お楽しみに。

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