インタビューが行われたのは、近代国家始まって以来の“政官最大の堕落”ともいえる、森友決裁文書改竄問題が起こる数週間前。この事件で、嘘やデタラメ、へ理屈が大好きなのはネトウヨだけでなく、国家の中枢にいるエリートもそうだったという恐ろしい事実が判明してしまった。このタイムリーな話題作『新・堕落論』で、小林さんがなぜ「日本人の堕落」を掘り下げようと思ったのか、その思いをうかがいました。

 

 

文・構成:斎藤哲也/写真:岡本大輔

感情が劣化していると理論で手当できない。だから…

 ――――小林さんの新著『新・堕落論』を読み終えて、まず印象に残ったのが、太宰治の『トカトントン』、坂口安吾の『堕落論』、夏目漱石の『こころ』という三つの文学作品が取り上げられていることです。ゴー宣に文学を取り入れたのは、なにか意図があってのことでしょうか。

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第1章 「太宰治のトカトントン」より(『新・堕落論』)

小林 今までのゴー宣シリーズでは「理論」を書いて、読者を説得しようとしていいたんです。ところが最近は、フェイク・ニュースやオルタナティブ・ファクトの時代と呼ばれるようになり、いかようにでも屁理屈をこねることができるようになってしまった。
 ケント・ギルバートの『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』なんて、めちゃくちゃでしょう。ネトウヨが喜ぶ中韓ヘイトを撒き散らし、中国人や韓国人がエゴイストで恥知らずなのは、すべて「公」よりも「私」を重んじる儒教の呪いのせいだという。儒教もマトモに勉強していないし、ネットのデマやデタラメな資料も平気で使う。

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第15章「 夏目漱石『こころ』」より(『新・堕落論』)

 そういう本が黙殺されるならまだしも、講談社という大手出版社から出て、40万部も売れてしまっているわけでしょう。もう、理屈なんてどうでもいいから、中国人や朝鮮人を差別して、日本人だけが立派だと書きさえすれば売れてしまうんです。
 そうなると、いくら理論を説いても、ネトウヨたちの耳に入っていかないんですよ。彼らの頭には、自分の聞きたい話しか入っていかないから。
 社会学者の宮台真司は、そういうネトウヨ的な状況を「感情の劣化」と呼んでいる。わしもそう思うよ。つまり、人間や世界に対する感受性や情緒がどんどん劣化しちゃっているわけ。感情や情緒が問題だとしたら、理論や理屈では手当てできません。もっと、古典や教養を読まなきゃダメなんじゃないかと思ったんです。

 ――――それで古典入門、文学入門的な要素がたくさん入っているわけですね。

小林 そうそう。たとえば「表現の自由」を理屈でいうのは簡単だけど、それを守ることがどれだけ厳しいことなのか、誰もわからなくなっている。太宰治は、戦中に情報局が流したデマのせいで依頼する出版社がなくなり、無名の小さな出版社でしか書けなくなった。戦後も、占領軍の検閲と戦って書いていた。そういう具体的な状況のなかで、彼は表現の自由を求めたんだね。

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第1章 「太宰治のトカトントン」より(『新・堕落論』)

 その先人の勇気を引き継いで、わしも国会で内心の自由を裁く「共謀罪」に反対する演説をしたけれど、結局、強行採決されてしまった。政治家だって太宰のような感覚なんて持ってないでしょう。
 ネトウヨ君たちにいたっては、差別するのが快感になっているだけ。たとえば、普天間基地反対派に対して、機動隊員が「土人」と発言したでしょう。沖縄の歴史を知っていたら、ああいう言葉は出ないですよ。
 普天間はね、米兵が「銃剣とブルドーザー」で沖縄県民から強奪した土地です。そして戦争では本土防衛の盾になり、沖縄県民の4人に1人が死んだんです。『激動の昭和史 沖縄決戦』とか『ひめゆりの塔』を見たら、「土人」なんて言えるわけがない。だから、教養がもう完全に欠落してしまっているんだよね。

 

表現することの無力感

 ――――小林さん自身、『トカトントン』を描きながら、「わしも、『もうどうでもいいんじゃないか』と思った」と、抵抗することの無力感をこぼしています。そのシーンを読んで、亡くなった西部邁さんが、「西部邁ゼミナール」というテレビ番組で、「言論は虚しい」とおっしゃっていたことを思い出しました。

小林 西部邁は、1994年の『死生論』という本ですでに、自決を予告していたんです。わしが文庫化の際に解説を書いたら、すごく喜んで電話をかけてきました。
 おっしゃるように、西部の無力感みたいなものから『新・堕落論』は始まっています。ゴー宣でどれだけ書いたって、政府も国民も劣化していくだけだから、「こんなことしていて、意味あるのかね」という思いもずっとある。

 西部邁の無力感もよくわかります。彼は、古臭いと思われていた「保守」を思想的に捉えなおして、最後まで保守思想を語り続けた。でも、いまの保守論壇なんて驚くほど劣化してしまっている。政治家はこぞって、自分は保守だと言っているけど、西部のいう保守とはまったく違いますよ。
 イラク戦争のとき、わしは西部と組んで、アメリカに尻尾を振るだけのポチ保守を批判し続けました。あれは侵略戦争であり、失敗するってね。でも、ポチ保守どもはまったく聞こうとしない。むしろ、侵略でもいいと思っているわけです。アメリカが力で抑えれば、中東まで民主主義のドミノ倒しが起こると本気で信じていた。結果は、わしと西部が言ったとおりに大失敗して、テロを生み出してしまった。

 ――――大量破壊兵器も結局、見つかりませんでしたからね。

小林 普通の人間だったら、そこで反省しない?

 ――――自分たちはまちがってました、と。

小林 それが普通でしょう。でも、彼らはまったく反省しなかったし、まちがったとすら思っていない。もう意味がわからないよね。
 中東では、西洋が勝手に引いた国境線のなかに、複雑に対立する部族や宗派がいっしょくたに入れられているでしょう。そういうところでは、「国民」の一体感なんて育ちませんよ。だから、強権で支配するしか「国家」をまとめようがない。そこで無理やり、トップを剥ぎ取ってしまったら、あとは部族や宗派同士がケンカしあうだけ。
 そうやって、なぜイラク戦争が失敗するのかという理由まで説明したって、ポチ保守は参考にすらしないからね。

 ――――自分たちの信じたいものしか信じない。イラク戦争のときから、すでにポスト・トゥルースだったわけですね。

小林 中東では国民国家がつくれないということをわしが直感したのは、昔観た『アラビアのロレンス』を思い出したからです。部族同士が殺し合って、まったくまとまらない。あの映画を見ていたら、中東では国民国家がつくれないということがわかるんです。
 でも『アラビアのロレンス』だって、下の世代は見ていないでしょう。それは、大きな損失だと思うわけ。せっかく、世界や人間について深く知るための財産があるのに、それを読もうとも見ようともしない。それでポチ保守もネトウヨも馬鹿を繰り返しているわけでしょう。
 過去の古典や文学を読むと、時代状況に関する知識も学べるし、感情のひだを豊かにすることもできる。つまり、理屈や感情、情緒がすべて入っているんだよね。だったら、それをベースにして、この世界のことを考えてみようと思って描いたのが『新・堕落論』なんです。

 

※後編に続く。3月20日(火)公開予定です。

 

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小林よしのり『新・堕落論』

フェイクを信奉する時代に終止符を打ち、やがて来る堕落の底から浮上する新時代を切り開く、渾身の216ページ完全書き下ろし!!

第1章 太宰治のトカトントン/第2章 スマホの明るい堕落/第3章 朝鮮飲みで悪いか?/第4章 トカトントンが鳴らぬ者/第5章 敗戦したままの日本人/第6章 坂口安吾の『堕落論』/第7章 すぐそこにある堕落/第8章 教育勅語で堕落は止まるのか?/第9章 日本は今も八つ墓村/第10章 オルテガの『大衆の反逆』/第11章 イノベーションと家族動機/第12章 「平定」こそが「平和」である/第13章『マイノリティ・リポート』と共謀罪/第14章 保守とリベラルの意味がわかってないな?/第15章 夏目漱石の『こころ』/第16章 オーディエンスかロボット天皇か/最終章 弱者のルサンチマンのゆえに/あとがき 堕落の果て