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本屋の時間

2018.03.15 公開 ツイート

第34回

町のなかに、旗を立てる 辻山良雄

(写真:齋藤陽道)

 Titleのある場所は、JR荻窪駅から歩くと10分少々かかる、住宅地のなかにあります。開店当初は「なんでこんな遠いところに店を開かれたのですか」と、よく不思議そうに聞かれました(いまでもたまに聞かれます)。

 店を準備している時に、現在Titleがある物件の情報を見つけ、一目で気に入りました。いちょう並木の落ち着いた通りから見た、店の姿は古めかしく、この建物がそこに立っていた時間の長さを感じさせました。その佇まいはお金では買えないものだと思ったのです。ただ、一つだけ気になったのが駅からの遠さでした。通常、書店は駅前にあることが多く、このように離れた場所で、はたしてうまくいくのか不安がありました。

 当時店の準備と並行して、画家のnakabanさんとTitleのロゴやビジュアルイメージの作成を進めていたのですが、ふとした時にその物件に関する心配を口にしました。大事なことはあたりまえすぎて、なかなか気がつかないものです。それを聞いたnakabanさんは「でも、辻山さんが旗を立てた場所が、みんなの好きな場所になっていくんじゃないですか」と、何気なくこたえてくれました。

 確かに本屋に限らず店というものは、お客さんがそこに来てくれないと何もはじまりません。それには人が集まりやすい場所に店を出すことが、てっとり早いやり方でしょう。だからといって「経済性」というものさしに合わせて、本意でないことをしている店に、人は魅力を感じないものです。nakabanさんの一言を聞いてからは「少しくらい遠くても、自分がやりたいと思う店を作ろう」と、迷いがなくなりました。

 本屋に限らず店をやりたい人が、好きな町の気に入った場所に「店」という旗を立て、そこが人の集う場所となる。それが店にとっては自然なことです。ネット環境が発達し、店頭に来ること自体が一つの体験に変わりつつあるいま、少しばかり不便な場所でも、本が好きな人を呼び込めるような「本の在り処」を作ることが、本屋には求められます。

 

 

 今回のおすすめ本

 編:東北学院大学地域共生推進機構 『震災と文学 講義録』(荒蝦夷)

 2013年より東北学院大学で行われた、連続講座の記録。様々な作家や学者、芸術家が呼ばれて教壇に立ち、それぞれの立場から震災と、自らが寄って立つ言葉を語った。未曽有の災害とそこからの復興において、文学に、そして言葉に何が出来るのか考えた記録。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

○2024年4月12日(金)~ 2024年5月6日(月)Title2階ギャラリー

『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』小林エリカ原画展

科学者、詩人、活動家、作家、スパイ、彫刻家etc.「歴史上」おおく不当に不遇であった彼女たちの横顔(プロフィール)を拾い上げ、未来へとつないでいく、やさしくたけだけしい闘いの記録、『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』が筑摩書房より刊行されました。同書の刊行を記念して、原画展を開催。本に描かれましたたリーゼ・マイトナー、長谷川テル、ミレヴァ・マリッチ、ラジウム・ガールズ、エミリー・デイヴィソンの葬列を組む女たちの肖像画をはじめ、エミリー・ディキンスンの庭の植物ドローイングなど、原画を展示・販売いたします。
 

 

【書評】New!!

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】New!!

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化決定!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年3月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が無事終了。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューした旅の記録が、5月末頃の予定で単行本化されます。発売までどうぞお楽しみに。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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