長々とお読みいただきました正月旅話もとうとうラスト。あとほんの少しだけお付き合いくださいませませ。

 ワインとサンドイッチで腹八分目どころか腹十二分目までいってしまったババア2人。いよいよ水上人形劇へ向かいます。16時45分、ホテルのロビーで待ち合わせ。そこで待っていたガイドさんは女優の清水美砂さんに似た綺麗なベトナムレイディ。早速確認。「ショーって18時半からですよね? 待ち合わせ早くないですか?」すると清水さん(仮名)の答えは「今日観ルノハ17時10分カラデスヨ。ショーハ50分クライダカラ、ディナーハ18時過ギカナ。」ええ? 聞いてないよぉ! プリントにはちゃんと18時半からって書いてあるから! だからディナーも20時位からだとふんじゃったから! ああ、何故私たち、腹十二分目。

 いや、でももしかしたらショーに興奮してお腹がすくかもしれない。考えていても仕方ない。まずはショーを楽しもう。でも……昨日の空港からの送迎の人の言葉が頭をかすめる。「ツマラナイ。」いや、感性なんて人それぞれだし、彼がつまらなかっただけかもしれない。私は清水さん(仮名)に聞いた。「水上人形劇って面白いですか?」彼女は笑顔でこう言いました。「ツマラナイ。」ガガガガーン。ホントに!? そんな皆で自国の伝統芸能を否定する!? しかも劇場に向かう車中で急に「町デ犬、アマリ見ナイデショ? 男、捕マエル。ソシテ、食ベル。」と。いや、食文化に対してどうこう言う気はないけれど、何故今その話を私たちにした? ただでさえ期待値が皆無に近いところまで下がったショーを観に行くのに。その後のディナーもワクワク出来ないくらい満腹なのに。ねえ、誰か。私たちに笑顔をください。

 ホテルから車で15分。劇場に到着。劇場前はいろんな国の人で溢れかえっている。聞くと一日3回公演で、今しがた前の公演が終わって出てきた人とこれから観る人で混んでいるとのこと。清水さんは私達に2枚チケットを渡して「楽シンデ。」うん、頑張るけど。

 でもなんと、この下がるところまで下がった感情があっという間にアゲアゲ状態に。会場は満員御礼。まずその熱気と舞台の素敵さに感動。舞台全体が大きなプールになっているんです。その真ん中には大きな門のセットに幕代わりのスダレが。ステージの両側は台になっていて、見たことのない楽器が並んでいる。呼び込みと共に演奏家たちが民族衣装を身にまとい10人位出てきて、それぞれの楽器のところへ。柔らかいアジアらしい音楽が始まる。その旋律に合わせて、スダレの後ろから次々に人形が出てきて、スピーディに、かつコミカルに水上を暴れまわる。ベトナム語の台詞や歌はまったくわかりませんが、その動きを見ているだけで楽しい。人形は様々で、優雅に踊る女性や舟に乗って出てきて釣りをする少年。泳ぐ子供から逃げる魚もいれば、火を噴く龍も。ああ。「ツマラナイ」どころか「凄ク凄ク楽シイ!」。

 そしてその舞台の面白さと同じ位ニヤニヤしたのが人間関係。左側の台の一番前にはベトナムの伝統民族楽器のダンバウが。お琴のような木の台に弦が1本。その弦の端っこに何かレバーみたいなのが付いていて、右手で弦を指で弾(はじ)くと同時に左手でそのレバーを前後に動かして、音の高低を変えたり、音を揺らしたりする。おそらくこの楽団の中でも花形。演奏している女性もかなりの美人。ただね、ないんですよ、やる気が。いや、上手いんですよ。すごく上手いんです。でもね、右手で弦を一度弾きますとね。その後は左手でレバーを細やかに動かすので、ちょっと右手が空くんですよ。次の音を弾くまで数秒から10秒位、空くんです。その間の右手でまさかの身だしなみを整えると言う。例えば、弦を弾く→袖元の糸のほつれを気にする→弦を弾く→こめかみの髪を撫でつける→弦を弾く→肌の調子をチェックする。こんな感じ。でももう一回書きます。上手いんですよ。そして美しい。

 そんな時、ふと気づいたんです。逆サイド。右側の台の一番前に女子が二人。正直、ダンバウ美女の美しさを10としたらその二人組は正直5~6くらい。でもニコリとも笑わない美女に対して、彼女たちはホントに朗らかな笑顔で客席を見渡しながら演奏してくれている。しかも使う楽器の種類も多く、お芝居の中の効果音みたいなのもすべて担う。更にはセリフやナレーションまでこなしている。とにかくすごい仕事量なんです。そうなるとさぁ、ついついしちゃうよね。時折向かいの“やる気なし美女”へのジロリ。一瞬よ。だって楽器にマイクに大忙しだし、ベースはずっといい笑顔だから。でもその合間に見せる、ジロリ。うん、わかるよ。何も言えないけど、いや、言えないからこそのせめてものジロリ。私も、経験済み。

 そんなこんなで50分の人形劇はあっという間にエンディングに。最後スダレが上がりまして。裏で人形を動かしていた方たちが10人位出てくるんですよ。若い兄ちゃんからなかなかのおばちゃんまで皆さん腰まで水に浸かって。なんかわからないんですけど、それ見ていたら泣けてきちゃって。感動。素晴らしい。ブラボー。水上人形劇、いい舞台でした。観てよかった。本当に。

 ただそんな感動も束の間。恐怖の“ディナー”が私達を待ち受ける。だって腹十二分目まで食べてしまってからまだ1時間ちょっと。超美味しそうなお料理なのにまったく箸が進まず。一応ワインだけ一本飲んで、お料理のほとんどを持ち帰り用パックに入れていただきまして。ホテルに帰って部屋のベランダで真っ暗な湖を見ながら、もう一本ワインを開けてゆっくりいただきました。なんだかんだあったけど、なんだかんだいい一日でした。カムオン(ありがとう)。

 他にも“ハロン湾ツアーの片道4時間のバス移動で延々喋り倒したガイドのホーさん”や“通りすがりの路上でバインミー(バケットのサンドイッチ)を買ったら何故か最後にプレスされてパニーニみたいになっちゃったけど凄く美味しかった”話もあるのですが、それはまたいつか。こんなスタートになりました2018年。4回目の年女。ますますふんばりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

【今日の乾杯】
腹十二分目でご馳走を前にすると、こんなに笑顔が消えるんですね(笑)。ただ本当にベトナム料理もベトナムワインもとてもとてもンゴーン(美味しい)でした。ただ結局一番ハマったのがニョクマム(魚醤)かけご飯なのは内緒。

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いとうあさこ『あぁ、だから一人はいやなんだ。』

寂しいだか、楽しいだか、よくわからないけど、日々、一生懸命生きてます。人気芸人の、笑って、共感して、思わず沁みるエッセイ集。全力で働いて、遊んで、呑んで、笑って、泣いて……の日々。ぎっくり腰で一人倒れていた寒くて痛い夜。いつの間にか母と同じ飲み方の「日本酒ロック」。緊張の、海外ロケでの一人トランジット。酔ってヒールでこけて両膝から出血の地獄絵図。全力の悪ふざけ、毎年恒例お誕生会ライブ。女性芸人仲間の感動的な出産。“呑兵衛一族”の冠婚葬祭での豪快な呑みっぷり。40歳で体重計を捨ててから止まらない“わがままボディ”。大泣きのサザン復活ライブ。22歳から10年住んだアパートの大家さんを訪問。20年ぶりに新調した喪服で出席したお葬式。恒例の、オアシズ大久保さんのご家族との旅行。etc.