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世界中で民主主義が劣化している。アメリカのトランプ現象、イギリスのEU離脱、フランスの極右政権の台頭。多数の民意を反映した選択は、目先の利益のみを優先したものばかりです。そのむき出しの欲望と民主主義が結びついたとき何が起こるのか? 若き天才哲学者、マルクス・ガブリエルら世界を代表する知識人がその混迷の深層を語り、話題となったNHK番組が『欲望の民主主義~分断を越える哲学』として書籍化されました。世界の知性が見る、民主主義の現実と限界とは――? 
「Ⅱアメリカの激情 フランスの憂鬱』」よりジョナサン・ハイト「ただすべて焼き尽くしてほしかった」の冒頭をお届けします。

ジョナサン・ハイトJonathan Haidt
社会心理学者(アメリカ)。ニューヨーク大学教授。1963年生まれ。
道徳の感情的な基礎、文化との関連について、また政治行動の背後にある心理についても研究。『社会はなぜ左と右にわかれるのか』(紀伊國屋書店)に象徴されるように、大衆の心の底に眠る思いを分析、政治における「リベラル」と「保守」の対立が生まれる心理的な原因、構造などを考察し続ける。

民主主義はアメリカの道徳的美徳を表す宗教だった

 アメリカの民主主義は宗教のようなものです。特に第28代アメリカ合衆国大統領ウッドロウ・ウィルソンが「民主主義のために安全な世界をつくるべく我々は戦う」と言った第一次世界大戦以来、アメリカ人にとって常に民主主義が最高で最善のシステムだったのです。民主主義を世界に広めながら、これはアメリカが持つ道徳的美徳を表すものだと、私たちは思ってきたのかもしれません。

 それにもかかわらず問題は、1776年と1787年に建国のために集まった人たちが民主主義を好んでいなかったということです。彼らはアリストテレスを読みました。アリストテレスは、「民主主義は二番目に悪い政府の形だ」と言っていたのです。なぜなら民衆や大衆により決められる民主主義は、必ず独裁政治になり下がるものだと恐れていたからです。ですから、アメリカはあらゆる抑制と均衡のシステムや人々への抑制のシステムの上にできました。

 民主主義と良い統治に肝心なのは、政府を倒す力が常に民衆に備わっていることです。どんな形態でもそれが最も肝心です。ただ、民衆が課題について直接決めたり、何をすべきかを発言したり、法律をつくったりすべきでしょうか? そのような直接民主主義は比較的国の規模が小さくて教育レベルも高いスイスではうまくいっているのかもしれません。ですがアメリカは共和制をとっています。私たちは議員を選挙で選び、その人たちが判断をして法律をつくるのです。

 このシステムは20世紀にはだいたいうまくいっていました。アメリカの民主主義はしばしば機能しないこともありましたが、基本的には機能していました。今現在、人々は民主主義が機能していないと思っています。

扇動政治家に惹きつけられるほどアメリカは感情的になっている

 問題はいろいろあります。

 私が研究しているのは社会心理学です。私たちの論理的思考がいかに感情や激情によって左右されているかを研究しています。人が怒っている時は……、怒っていたり熱くなっていたり、嫌悪感や、恐れを感じている時は、とても悪い判断をするでしょう。簡単に間違った方向へ導かれてしまいます。それが扇動政治(デマゴーグ)であり、アリストテレスが言っていた事態です。アレクサンダー・ハミルトンら建国の父たちも言っていたことです。

 今現在、アメリカはとても熱くなっています。ヨーロッパもそうです。ですから人々は簡単に扇動政治家に惹かれてしまうのです。これがポピュリズム台頭の根源です。右派のポピュリズムもあれば、左派のポピュリズムもあります。右派のポピュリズムは大抵、問題のあるグループを標的にしようという発想で、特定の民族に焦点を当てがちです。ドイツではユダヤ人。ヨーロッパの大半ではイスラム教徒。アメリカでは、ドナルド・トランプにとっては、メキシコ人、というわけです。もちろん、右派のポピュリズムすべてが必ずしも人種差別主義的というわけではありませんが、往々にして、大抵あるグループを標的にしているのです。それに対し、左派の人々はそれを嫌います。左派が最も大事だと思う平等という価値観に反しているからです。

 左派のポピュリズムもグループを標的にしますが、大抵それは特定の民族ではありません。今のアメリカでは、大統領選で立候補したバーニー・サンダースを支持していた左派のポピュリストたちは、銀行やウォール街、ビジネス界や資本主義を標的にしています。

 どのケースでもポピュリストは情熱的で、多くの場合、まっとうな不満があります。しかし、私は彼らが推進しようとする多くの解決策を考える時、やはり、ポピュリズムは好ましくないと思います。ポピュリズムは、しばしば、とんでもない経済政策を生み出すのです。この100年間、ラテンアメリカ全体で見られたことでした。

 ポピュリズムは多くの場合、ある問題に対する反応でしかないのです。それは、もちろん、現実にある問題です。ヨーロッパと同様にアメリカには多くの深刻な問題があります。格差の拡大……金持ちはどんどん金持ちになっています。カオスの実感……共通の文化が失われてきているという感覚。これらはとても深刻な問題です。

 その問題をどうすべきかに関して、今、アメリカは大きく分断されています。

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続きは、『欲望の民主主義』をご覧ください。
ジョナサン・ハイト(社会心理学者)以外に、ヤシャ・モンク(政治学者)、シンシア・フルーリー(政治哲学者)、マルセル・ゴーシェ(政治哲学者)、ジャン=ピエール・ルゴフ(社会学者)、マルクス・ガブリエル(哲学者)が登場します。

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