先日、元カレをFacebookで探してみた。きっかけはものすごく些細なことだ。元カレが知らない誰かと結婚したと友人からLINEで聞き、「へえ、わたしも見てみよう」と思ったのだ。

 その彼とは、7~8年も前に険悪になって別れたが、それ以来一度も会っていない。3~4年前に一度だけ連絡がきた。とても些細なことで、こちらも当たり障りのない返信をして、再び疎遠になった。未練もないし、嫌な気持ちもない。普段は思い出しもしない元カレ。

 その彼の名前をFacebookで検索して、驚いた。

 わたしは知らない間に、ブロックされていたのだった。

 友人からはFacebookのスクリーンショットが送られてきていて、「○○くん、結婚したらしいよ!」と書かれていたのに、いくら検索してもわたしのFacebookに彼の名前は出てこない。さらに言えば、その時ちょっとだけ連絡しなければならない困った事情もあり(複雑なので端折るが)、その元カレにLINEもしたのだが返信がこないどころか、なんとLINEまでもブロックされているようで既読にもならなかった。

 ちょっとだけ気になって、スクリーンショットに書かれていた奥さんの名前で検索してみた。すると予想通りというべきか、それともマジかというべきか。わたしは見事に、奥さんからもブロックされていた。奥さんには会ったこともない。知らない誰かに、「旦那の元カノだ」という理由でブロックされていたのだ。

 きっとわたしの知らないところで、わたしのことで喧嘩にでもなったのだろう。そう思い当たって、なんとなく申し訳ない気持ちになった。元カレ・元カノという存在はいつでも罪深いものだが、わたしもどこかで罪深い存在になっていたのかと思った。ただ、大変申し訳ないのだけれど本当にもうその彼のことを思い出す日なんてほぼないから、なんだか面白くなってしまった。

 そういえば、こんなこともあった。

 以前、友達以上恋人未満の男性と会っていた時に、彼がなんとなく不機嫌だったことが気にかかり、理由を聞いてみると「そのイヤリング新しい。誰にもらったの」と言ったのだ。わたしはキョトン選手権で一位を取れるくらいキョトンとしてしまった。誰でもない。このイヤリングはたかだか2000円くらいのもので、当然自分で買った。なのに、彼ときたら存在しない架空の男性を勝手に作り出して、悶々としていたのだ。当時は「かわいい」などと思ったものだが、今思えばどう考えても滑稽だ。

 ただ、わたしも彼らをバカにすることはできない。逆のパターンだって当然あるから。

 当時の恋人の、女友達のインスタを漁っていたときのことだった(SNSストーカーなので許して欲しい)。結構仲のいい女友達のようなので、どこかにわたしの見たことのない彼の写真があったりしないかと宝探しのような気持ちで遡っていると、2年前の写真に、彼とピクニックに行った写真があったのだ。しかも、そこには「幸せだなあ」などと書かれている。ドクドクと脈が頭のほうにのぼってきて、「ただの友人だと思っていたのにこの人たちは恋人だったんだ!」と思った。この前も遊びに行くと言っていたのに!ただの女友達と元カノではこちらの気持ちは全く違うじゃないか! そうひとりで悶々として、態度に表れてしまったのだろう。恋人に勘付かれ、後ほどストーカー行為を白状する羽目になったのだった。

「あの人と昔付き合ってたの?」

 できるだけ気にしていないふうを装ってそう言うと、今度は彼がキョトン選手権1位になった。聞くと、複数人でピクニックに行ったのだという。それを説明する恋人に嘘はなさそうで、当時のわたしは心底安心した。そして、過去に同じように勝手に悶々とされてキョトン顔をした自分のことを思い出し、こんな風に、どこかで誰かが喧嘩の原因になっているのだと思って、すこし笑った。

 知らないところで罪のない誰かの名前が挙がって、知らないところで二人の仲が険悪になって、どちらかが泣いたり怒ったりして、知らないうちに仲直りをしている。恋とはなんと滑稽なものか。

 けれどわたしは、この滑稽さが結構好きなのだ。見えない敵や今では恋人の存在など忘れて飄々と暮らしている元カレ・カノ相手に剣を抜いて、近寄るな!と叫んでいる。当人たちはとっくに葬っている元恋人たちとの思い出に、勝手に嫉妬し、「こんなことがあったでしょ」「あんなことがあったでしょ」とわざわざと掘り起こして、見せつける。第三者からしてみると、何をしているんだと笑っちゃうような滑稽さ。いや、本人たちは必死なのだ。(本当は誰にも取られるはずのない)恋人を誰かに取られるのではないかと、いつでも気を張っている。

 誰でも“滑稽”になりたくないのに、恋のこととなると知らない間にそうなってしまう。そんな風に自分がダサくなるのは恋くらいじゃないかと思うのだ。悪くない。いや、今くらいそういう滑稽さを露呈するのもいいじゃないか。

 自分が知らないところで喧嘩の理由になっているかもしれないなんて今まで考えたこともなかったが、考えてみればじつに平和な話だ。元カレと元カレの奥さんにブロックされていることも、よくよく考えれば彼らが幸せだという証なのだ。

 今日も、あずかり知らぬところでわたしが(そして誰かが)喧嘩の種になっているかもしれない。元カノだという理由や、元カノかもしれないという理由や、連絡をとっていた or 目をあわせていた or なんか好きそう or やたらいいね! しているなどという言われのない理由で。でもそれが恋人たちの愛を深めるアクシデントの一つになっているのなら、まあそれも悪くないかもしれない。

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