土方さんを手に入れた翌日、私は台風の進路に沿い飛行機に乗って東京に行かなければならなかった、そして猛烈に腹が痛かった。

以上のことから導き出される最善の法は何か。「自宅待機」だ。

しかし日本人というのは、世界で一番「待機」が出来ない人間なのだ。
どれだけ天災が迫っているとニュースで出ても「行けそうなら行ってしまう」。
台風でも田んぼが気になったら行く、それが日本人だ、それで到達できても「帰れなくなる」可能性は非常に高い。それで案の定帰れなくなり、駅の待合で膝を抱えたり、苛ついて駅員に食って掛かったりしている、ここまで行くと、真面目な国民性とも言えない、自宅待機している者よりよほど野蛮だ。

そして私も未開、野蛮、という人種である。
当然のように、帰れなくなる恐れのある台風の迫った東京へ行く飛行機に乗った、それも腹に爆弾付きでだ。

しかも、これが一度目ではない、数年前「都心に何十年ぶりかの豪雪」という中、東京へ行き、予定通り帰路の飛行機が飛ばず、10時間ほどトムハンクスの顔で空港に籠城したことがある。
知能があるなら同じ轍は踏まないはずである、しかも体調不良のおまけつきだ。

己の名誉のために言うなら知能はあった、だが、土方歳三がいた。
土方歳三がいるくせに、天災がいやとか、体調不良が嫌とか、甘えすぎだろうという話である。

何が起ころうと甘んじて受ける、それが土方歳三を出した者、土方歳三のマスターとして恥なき行いだろう。

自らの誇りにかけて、私はポケットに1シートのロキソニンと、酔い止め、そしてスマホ土方歳三だけ入れて飛行機に飛び乗れたのだ。齢30半ばも過ぎて「ギターケースに夢だけつめて」と同じ経験をできるとは思わなかった。

「何かをはじめるに年齢は関係ない」個人的にその言葉は嘘だと思っている、何を始めるにも若いに越したことはない、そのようなことをいう奴は、取り返しがつかない年齢になってなにも得てない焦っている人間からさらに金を搾取する奴が言う言葉だと思っていた。

しかし、確かに推しは年齢関係ないモノを与えてくれた、今まで、信じられなかった言葉が素直に受け入れられた、どんなにひねくれた人間でも、推しが示すことなら受け入れられる。

よく、親の言うことはてんで聞かなくても、崇拝するアーティストの言うことなら妄信するティーンがいると思う、だがそれを薄っぺらいと思ってはいけない。
キャプテン翼にあこがれて、サッカー選手になった者だっているのだ、きっかけは何でも良い、良い方向に人の心を掻き立てる存在に貴賤はない。どれだけささくれだった心でも受け入れられるものは等しく尊い。

そういうわけで貴賤なき感情のまま、飛行機に飛び乗った。腹は小康状態ではあるが「いつでもイケます」と言った風情だ。

そういったことをしておいてなんだが、己の状況やコンディションを犠牲に仕事に行ってしまうのは、断じて悪である。
所詮自分は社会の歯車の一部で替えはいくらでもある、認めたくない事実だが、逆に言えば、替えはいくらでもあるから、休んだり辞めてもいいのだ。替えがある仕事に替えのない自らの健康や命を捧げるなど馬鹿らしすぎる。

ただ私は土方さんを出してしまったから、台風の進路に沿って飛行機に乗っているのだ。

よって皆さんは「土方さんを出した」ぐらいの替えの利かないことがない限りは、己の命や健康を対価に支払うことはない。
逆に言えば「己の命」以外対価を支払う術がない、土方さんを出した私は、ちょっと風が強くなり始めた東京に降り立った。
保険証は持っているが、いざという時、どこの病院に行っていいのかさえもわからぬアウェイだ。頼りはポケットのロキソニンのみ。

初日は取材だ、幸い、体調は「それどころじゃない」ほどではない。
場所は某都立写真美術館だ、あまりにも二次元クソオタには無縁の場所と思えるかもしれないが、この美術館は、ファミコン展をやったり、ずばり「OTAKU」を題材にした展覧会をしたりと、ジャンルに囚われてない。

だが、それ以前に、数か月前「土方歳三」の写真を展示した美術館でもある。

ここで言う土方歳三とは『ご本人』という意味である。
本人以外に土方歳三がいるか、とご立腹の歴史クラスタガチ勢には申し訳ないが「死ぬほどいる」のが二次元の実情である。

土方歳三は、本人の写真が残っている、歴史上人物である。見たことがある人も多いだろう。
そしてその原本に近い写真を展示したのが、その日私が訪れた美術館である。

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