読書好きの方ならご存知かもしれませんが、「イヤミス」というジャンルが小説にはあります。その人気の理由が、実は昨今流行りの「不倫騒動」や「文春砲」と関係がある……といっても過言ではありません。湊かなえさん、沼田まほかるさん、真梨幸子さんと、「イヤミス」で有名な作家さんも数多くいらっしゃいます。今回は、そんな「イヤミス」の中でも「笑えるイヤミス」という新しいジャンルに挑戦した真梨幸子さんの小説『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで』から、「イヤミス」人気の理由を紐解いていければと思います。

週刊誌大好き日本人とイヤミスの好相性

「イヤミス」とは、ミステリー小説の一種で、読んだ後に「嫌な気分」になる小説のことをいいます。人間心の奥に潜む本音や本性など、見たくないと思いながらもついつい覗いてみたくなり読み進めてしまう、嫌汗がたっぷり出るような後味の悪い小説のことを指します。「ついつい見たくなる」という意味では、週刊誌報道がそうではないでしょうか。「他人の不倫騒動なんてどうでもいい」なんて口では言いながら、ついついそのゴシップを追いかけてしまうのが人間の性というものです。……そうなのです。「人間の性」を描いている小説こそ、「イヤミス」。だから読み始めたら読む手が止まらないのはそれもそのはず。週刊誌を捲るのと同じ好奇心で我々はイヤミスを読み進めてしまうのです。

半分のリアルと半分のエンタメ

笑えるお仕事イヤミス『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで』は殺人以外、お客のご用命とあらばなんでもする敏腕外商・大塚佐恵子が主人公の物語。本文には以下のような、最近「よく見る」ゴシップが登場する。

豪徳リンダは、今、逆境にいる。とある俳優との不倫が週刊誌にリークされてしまったのだ。その対応を誤り大バッシングが始まった。結果、リンダはレギュラー番組をことごとく降ろされてしまったのだ。今は、プロダクションの指示に従い、自宅で謹慎中だ。

ここまでは週刊誌でよく見る不倫騒動。しかし、このままで終わらないのがイヤミスである。

「私、誰かに狙われているのかしら? もしかして、ストーカー?」

などというメールが届き始めたのだ。

一ヶ月前のことだ。ちょうどその頃、リンダと同じ事務所の鈴木マミという新人アイドルが越境的なファンに襲われ、目玉をくり抜かれる……という残虐な事件が起きた。

ストーカーに怯える理由が「目玉をくり抜かれた」から!? とんでもなく怖いです。そんな事件、現実には早々ないです。しかし、「ありそうでなさそう、でも絶対ないとは言えなさそう」な嫌なことが、「怖いもの見たさ」の読者をぐいぐいと物語世界に引き込んでしまうのがイヤミスのすごいところです。

「他人の不幸は蜜の味」は笑える。

人間の本性を覗くのが人間の大好物だとすると、その理由はなんでしょう。それは「面白いから」。なぜ面白いというと、他人の不幸が他人事だからだと思うのです。「イヤね~」「許せないわね~」「怖いわね~」と言いながら、口元は絶対に笑っています。真梨幸子さんの最新作『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで』が「笑えるイヤミス」だと称される一番の理由も、そこにあります。人が必死に悩み苦しみもがく姿は滑稽で面白いのです。また、赤裸々な心情も読者の笑を誘います。「イヤミス」の手にかかると人間の必死の本音も以下の通り。

やっぱり野球選手なんて、ただの筋肉の塊なのよ。なんでみんな判で押したようにセカンドバックを持ってるわけ? 金のブレスレットもそう。あれ、かっこいいと思っているのかしら。それに、あいつらときたら、頭の中は、金と女と車と焼肉のことしかないんだから。

40歳の女性が永遠の肩書き「ミセス」を求めて必死に合コンに励む姿とその本音の赤裸々な描写は、もはや「不憫」を通り越して、「わかるわかる」の大爆笑です。

「イヤミス」に隠された現実の事件たち

イヤミスは確かに恐ろしいことがたくさん起こって、イヤな気持ちがじわぁっと広がります。しかし、いろんな謎が解決して最後に大どんでん返しまであって、後味はイヤなものの「あー、面白かった」と満足して本を閉じられるその充実感と幸福感は小説ならでは。「これが現実だったら」と思うと恐ろしくて仕方ありません。ただ、「半分がリアル、半分がエンタメ」であるように、読んでいると、「これって、あの事件に似ているかも」というような類似点がちらほら。そんな現実の恐ろしい事件の気配を感じながら、小説世界の中で犯人像を想像したり自分なりに推理ができるのも「イヤミス」ならではの楽しみ方かもしれません。真梨幸子さんの文庫最新刊『アルテーミスの采配』はAV女優たちが不可思議な連続猟奇殺人に巻き込まれていく物語。ネットの海に溢れている「危険な罠」についつい嵌って気づいた時には被害者に……という事件も最近ニュースを騒がせました。もちろん『アルテーミスの采配』は小説でフィクション。刊行時期も単行本発売時は2015年と数年も前なので現実の事件とは全く関係ありませんが、読んでいるとついつい思い出してしまう現実の事件があるから、それがイヤミスの一番いや~な気持ちになるところかもしれません。

まだまだ読まず嫌いのあなたも「イヤミス」を楽しんでみてはいかがでしょう。

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真梨幸子『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで』

欲あるところに極上ミステリあり。
美味しいものが食べたい、きれいな服を着たい、きれいになりたい、恋をしたい、子供がほしい、子供を立派に育てたい、金儲けしたい、もてたい、浮気がばれないようにしたい、家がほしい、幸せになりたい、いい暮らしがしたい、死にたくない。
私利私欲の百貨店へいらっしゃいませ。

真梨幸子『アルテーミスの采配』

出版社で働く派遣社員の倉本渚は、ある日AV女優連続不審死事件の容疑者が遺したルポ「アルテーミスの采配」を手にする。原稿は“僕は犯人ではない。本当の黒幕は”という告白の途中で終わっていた。好奇心のあまり調査を始める渚だったが、やがて原稿に張り巡らされた罠に気付く――。一頁目から無数の罠が読者を襲う、怒濤の一気読みミステリ。