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世界中で民主主義が劣化している。アメリカのトランプ現象、イギリスのEU離脱、フランスの極右政権の台頭。多数の民意を反映した選択は、目先の利益のみを優先したものばかりです。そのむき出しの欲望と民主主義が結びついたとき何が起こるのか? 若き天才哲学者、マルクス・ガブリエルら世界を代表する知識人がその混迷の深層を語り、話題となったNHK番組が『欲望の民主主義~分断を越える哲学』として書籍化されました。世界の知性が見る、民主主義の現実と限界とは――? 
「Ⅰ迷走する『民主主義』」よりヤシャ・モンク「三つのシナリオ」の一部をお届けします。

ヤシャ・モンク Yascha Mounk
政治学者(アメリカ)。ハーバード大学講師新アメリカ政治改革プログラム研究員。
1982年生まれ。専門は、政治理論。ジャーナルな記事、論文で、世界に広がるポピュリズムの現状などをリポートし続ける。以前から、世界各国が抱える課題として「拡大する経済格差」「社会的流動性の低下」そして「中間層の生活レベルの低下」を指摘。

失われた民主主義への熱意

 アメリカとフランスの大統領選挙に関して、さまざまな意見が飛び交っています。そんな状況で、あらためて民主主義について考える時、まずアメリカの民主主義が直面している問題を整理していきましょう。問題は大きく分けて、二つあります。

 一つ目は、人々がかつてのように民主主義に対して熱意を持っていないことです。昔と違い、民主主義の下で暮らすことが重視されなくなってきています。人々は独裁的な民主主義に対して以前より抵抗がなくなっているのです。これについては、選挙や議会を気にする必要のない強い指導者の登場が証明していますし、さらには軍による支配といった過激な選択肢まで、人々が選びかねない状況に表れています。

 二つ目の問題は、一つ目の問題の結果として、人々が民主主義の基本的な規範を大切にしない大統領を選んだということです。ホワイトハウスから平気で噓を発信し、政敵に濡れ衣を着せるような大統領です。これは非常に危険なことです。なぜなら、民主主義に必要なのは憲法や法律だけではないからです。民主主義を大切にし、民主主義のルールを守る政治家と人々が必要なのです。

 まず、一つ目の問題、以前ほど人々が民主主義を大切にしていないことについてお話ししましょう。民主主義の軽視、その原因は、長年の社会構造の変化にあります。

 民主主義の社会的、政治的な前提条件が変わってきたのです。例えば、かつては人々の生活水準は急速に向上していきました。世代交代のたびにね。アメリカでは、1945年から1960年で平均的な国民の生活水準は2倍に向上しました。1960年から1985年でさらに2倍になりました。でも1985年からは横ばいです。

 日本でも同様です。70年代、80年代、90年代初めまでは生活水準がものすごい勢いで向上しました。しかしその後、ほとんどの日本人の生活水準は伸び悩んでいます。このような状況においては、民主主義に対する人々の考え方が変わってきます。

 その背景をもう少し丁寧に考えてみましょう。人々が民主主義を好むのは、人民による政治や国民の平等といった民主主義の理念を信じているからという理由だけではなかったのです。人々が民主主義を好むのは、そこから得るものがあるから、民主主義によって生活が豊かになり、明るい未来を描けるからです。その恩恵が受けられなくなると、人々は民主主義に対して批判的になっていきます。そのために昔に比べて政治システムが不安定になっているのです。

少数派が多数派になる大きな変化は静かに進行した

 こうした変化は、長いプロセスを経た上で起きたことです。私たちは民主主義を安定させるための前提条件が徐々に失われていることに注意を払ってこなかったのですね。当初は、政治的な影響は特に大きくありませんでした。特定のポピュリストの発言力が徐々に大きくなり、政治システムに不満を持つ人が少しずつ増えるなど、非常にゆっくりとした変化に表れてはいたのですが、皆、大したことはないと高をくくっていたのかもしれません。

 しかし、ここ2年間で、これまでゆっくり進んできた変化がついに白日の下にさらされることになりました。イギリスのEU離脱を問う国民投票とアメリカ大統領選という二つの大きな出来事をきっかけとして政治への影響が表面化したのです。ドナルド・トランプが予期せずアメリカ大統領になったことで、一見すると変化が突然訪れたように感じます。しかし、実際は長期にわたるゆっくりとした変化の結果なのです。

 この事態にすら、どこかに決定的なタイミングがあったとは思いません。安定した民主主義の前提条件の変化が、ある閾値を超えたのだと思います。変化がゆっくりと進む中で、それまでは少数派だった人々が多数派になって選挙に勝つまでになっていたということなのです。

 例えば得票率が20%程度だった候補者が25%の票を獲得するようになってきても、私たちは「政治システムは安定しているし、急激な変化など起きない」と考えがちでした。ところが、突然、そうした人が選挙で勝てるほどの票を獲得するようになって事態の大きさに気が付きます。選挙の結果だけを見ると、急激な変化に見えますが、ある日、堤防を越えて水が氾濫するように……、それまで少数派だった人たちが多数派になり、急に政治力を持つという現象は、長い水面下の変化の後、選挙の結果という現象として、ある日突然にやってきます。

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続きは、
『欲望の民主主義』をご覧ください。ヤシャ・モンク(政治学者)以外に、ジョナサン・ハイト(社会心理学者)、シンシア・フルーリー(政治哲学者)、マルセル・ゴーシェ(政治哲学者)、ジャン=ピエール・ルゴフ(社会学者)、マルクス・ガブリエル(哲学者)が登場します。

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