みなさん、こんにちは。エモカワイイカルチャーを発信する企業COMPLExxx代表の横塚まよです。この連載では、弊社のエモカワライターの はぎー と、今流行になりつつある「エモい」をキーワードに、世の中の事象を紐解いてみようと思います。

今回は“恋愛”がテーマです。最近よく世間を賑わしている恋愛ネタといえば“不倫”。有名人の不倫ニュースが毎日のように報道され、テレビではコメンテーターが、ネットでは一般人が、その是非について討論しています。

つまり、良いか悪いかは別にして、みんなが興味を持つということです。また、不倫だけでなく「セフレ」に「パパ活」など、以前は語られなかった恋愛事情が表沙汰になっています。

そんなちょっとアウトローな恋愛について「エモい」を切り口に考えてみます。

「男と女が、愛し合う、恋愛」それはもう当たり前じゃない

(写真:iStock.com/[artursfoto])

まずは、ここ数年で変化した若者たちの間での恋愛観について考えてみましょう。

「恋愛とは男性と女性でするもの」この感覚から変化しています。LGBTについてよく耳にするようになりました。さらに、彼・彼女たちの中には、単に「心は女性だけど、体は男性」などの例だけでなく、性自認や恋愛対象、身体の特徴などの組み合わせが様々であることが分かってきました。

個人で理解が進んでいるかは別問題として、LGBTである人、それを告白する人は珍しくなくなっていっています。私の周囲にも「性別自体がない」という友人も数名います。

その中で、注目したい点は、LGBTの方が増えているということではありません。その価値観自体が馴染み、受け入れられていることです。

また、「高齢処女」「高齢童貞」という言葉も出てきた一方で、初体験の若年齢化もニュースになっています。「セックスは何歳までに経験しておくべき」なんてルールは、元々ありませんが、かつてなんとなくあった適齢期のような感覚はどんどんと薄れているのでしょう。

結婚についても同様です。結婚の時期が多様化していることだけでなく、「そもそも結婚する必要ってある?」と考える若者も少なくありません。

さらに根本のことに言及すると、「“誰かを愛する”という感情や感覚がピンとこない」という声を聞くことさえあります。

愛し合うだけじゃ満足できない、さとり世代

恋愛観に限らず、若者たちの価値観は大きく変化しています。“さとり世代”と呼ばれる彼らは、現実を悟ったように欲がない(ように見える)といわれています。

インターネットやスマートフォンの普及で、物も情報も、手軽に安価で手に入るようになりました。強い情熱を燃やさずとも、ある程度の欲は満たされます。

また一方で、生まれたときから不景気だったという社会的背景も手伝ってか「そうそう実現できない大きすぎる夢や目標は持つだけ無駄」と、最初から欲しがらない癖もついています。

つまり、何かを強く欲する、“渇望”する瞬間がありません。理屈や現実なんて無視したくなるほど、本能的に何かを求めてしまうという、感情を経験することが少ないのです。

無自覚かもしれませんが、若者は「感情が高まって、理性との間で葛藤しながら、何かを欲する」経験=「エモい」経験に飢えているのではないでしょうか?

そして、それを恋愛に求めるために、“当たり前の幸せ”じゃない、ちょっと複雑な恋愛に惹かれてしまうのではないでしょうか?

本能と理性の葛藤–複雑な恋愛にエモさを求めてる。

例えば、「彼氏がいるけど、別の彼が気になって関係を持ってしまった」。
例えば、「皆には反対されるけど、だらしない彼の元を離れられない」。

少し前の時代なら、愛し愛されるだけでも心が躍り高まっていたはずが、今は様々なことが制限される時代だからこそ、刺激がなければその感情に気付きづらくなっているのかもしれません。

また違う視点で、若者がハマる複雑な恋愛に「エモさ」を見ることができます。

これまで「エモい」をいろんな言葉で表現してきましたが、「エモさ」とは、つまり「人間らしさ」とも言えます。基本的に、ノールールである恋愛の舞台では、人の「人間らしさ」が最も表に現れます。自分の欲に従ったズルも、傷つかないための逃げも、咎めるものは何もありません。

そんな恋愛の舞台での“駆け引き”とは、何より人間らしいコミュニケーションです。その駆け引きが高度になったものが「セフレ」だったり、「パパ活」だったりするのです。

欲だけで繋がっているようで、次第に愛や情のような絆が生まれていきます。しかし、その絆を決して確かめ合うことはせず、不透明な関係を継続していきます。

よくある“オトナ”な人付き合いが、打算の上に見栄えのいい愛情という皮を被せているとしたら、その真逆。ここに、人間らしさや二つの異なる感情の葛藤、つまり「エモさ」があります。

若者の偏愛は、どこかにエモさを求めている

そもそも、浮気だろうが本命だろうが、必死に誰かを愛していれば、それはエモいはずです。

しかし、エモい経験を恋愛に求める人ばかりではありません。それこそ情報が溢れた世界では、欲を傾ける対象はいくつもあるのです。

だからこそ、恋愛にエモい経験を求める若者と、恋愛に感情が動かされない若者に二極化していくでしょう。

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