「あなたの男性を見る目には甚(はなは)だ疑問を感じる」と肉親や友達から言われるようになって久しいが、男友達に「キミに好みだとか、好きだとか言われたくない。オレに失礼だ」と言われた時には「フン」と思った。

 もう自分だけの為に朝食の支度をするのにも慣れたが、最近、私の淹(い)れるコーヒーは大変美味しい。

 朝食に、パンをトーストし、チーズ入りのオムレツを作る傍らで、マグカップ一杯のコーヒーを淹れる。電動のコーヒーミルのスイッチを押し、ビビビーンとコーヒー豆を挽く。ガラスのサーバーの上にドリッパーを置き、ウェーブ状のペーパーフィルターをセットする。

 細か過ぎず荒過ぎず、自分好みのいい按配(あんばい)に挽いた豆をフィルターの中にザラッと入れ、お湯を少し注ぐとコーヒー豆の粉がフワッと膨らみ、芳しい香りが漂ってくる。この瞬間に私は、幸せを感じる。

 トーストやオムレツを食べ終わって、後片付けが終わっても、マグカップに残った冷めたコーヒーを最後までゆっくり大事に飲み干す。

 コーヒーを淹れながら、コーヒーを味わいながら、芳しい香りの中で思い出すのは、私が大学生の時に亡くなった母方の祖父の事だ。祖父は無類のコーヒー好きで、仕事の合間や、仕事が終わって一息ついた時に、書斎で自分でコーヒーを淹れていた。

 祖父が、自分好みの豆を探し、好みの感じに焙煎してくれる店にどんなに遠くても出掛けて行った。そして、書斎でコーヒーを淹れると益子焼の黒くて縁だけがベージュに近い白色の丸くてポッテリとしたコーヒーカップに注いだ。益子の黒いコーヒーカップは重厚でありながら民藝の温かみがあった。

 祖父がコーヒーを淹れている場面を思い出すと、頭の中で「コポッコポコポコポ」という音が聴こえる。祖父はどうやってコーヒーを淹れていたのだろう。あの「コポコポ」は何の音だったのだろうか。実家の母に聞いてみても、「アレよアレ、ホラ、アレ」と埒(らち)が明かないので、私は、いつもコーヒー豆を買いに行くコーヒー屋さんに向った。

 お天気の良い日に自由が丘近辺を歩くのは気持ちがいい。自由が丘駅南口を背にし緑道に出る。緑道にはベージュとミルクティー色のツートンカラーのワーゲンバスが止まっており、このバスの中でおねえさんがコーヒーや紅茶を淹れて出してくれるのだ。緑道のベンチでここのコーヒーを飲んでゆっくりしている人も多い。

 緑道を左に曲がり歩いて行くと自由通りに出る。この角に一つ目のコーヒーのお店がある。この角から環八方向に向かう自由通りは最近、「奥沢コーヒーストリート」と呼ばれているのだ。私のいつもコーヒー豆を買いに行く「ITTA COFFEE」は、更に歩いて奥沢駅の通り越した右側にある。

「ITTA」のお店に入り、カウンター席に腰かけると、マスターの松浦さんという、とても話し方の柔かいハンサムなおにい様に、豆を注文し、豆を用意してもらっている間にソフトクリームアフォガ―ドを食べる。

 ソフトクリームアフォガードというのは、冷たくて甘いソフトクリームに、熱くて苦みのあるエスプレッソをかけながら食べる。この組合せの妙、いくらデザートといえど小娘にはわかるまいと、私はいつも「ババア上等」と思いながら喜んで味わうのだ。

 そして、食べながら、松浦さんにコーヒー豆の種類について相談したり、上手な淹れ方を教えてもらったりする。カウンターの奥では、いつも焙煎器が回っている。この日は「あのう、昔、うちのおじいさんが、コーヒーを淹れる時、『コポッコポコポコポッ』って音がしたんですけど、あれは、どんな淹れ方してたんでしょう」と聞いてみた。

「それは、サイフォンですね」とすぐに答えが返って来た。サイフォンというのは、ガラスのコーヒーサーバーに水を入れ、下からアルコールランプの火で温め、沸騰したお湯が、サーバーの上にセットしたコーヒー粉に入った上のガラスのロートにフィルターを通って上がって行くのだ。この時のお湯が上がって行く音が「コポコポ」だったのだ。そして、祖父はアルコールランプでなく電熱器を使っていた事も思い出した。

 松浦さんのおかげで、亡くなって30年経つ祖父の思い出に、また鮮やかに色が蘇った気がした。

 以前、大学4年生の姪を連れて、「ITTA COFFEE」に行き、豆を注文しつつ二人でソフトクリームアフォガードを食べていたら、小娘だと思っていた姪が、「何これ、とっても美味しい」と言ったので、「ああ、大人になってきたなあ」と感慨深かった。

 そして、店の外に出るなり、私に「みーちゃん。あのマスター素敵!なんて素敵なおじ様なの!おばあさんのお客さんに、お足元(あしもと)気を付けてって、店の外まで送ってたよ。優しいね。素敵だね。みーちゃんもああいうおじ様を好きになれば良かったのにね」と、コーヒーストリートを自由が丘に向けて歩きながら、延々と言われた。

 姪の成長と、コーヒーストリートのあちこちから漂うコーヒーの香りに、私は幸せを感じた。

 という理由で、私はただ今、「ITTA COFFEE」で、コーヒーを飲んだりソフトクリームアフォガードを食べながら、マスターの松浦さんとお話しし、男性を見る目を矯正している最中なのである。

 

※毎月2日、17日の更新です。

 

 

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