我が家のキッチンには、ひと通りの設備や調理器具が揃っておりますので、理論上、大抵の料理は作ることができる環境があります。

 この環境を利用して、料理を作って欲しいという友人からのリクエストが時折、舞い込むことがございます。

 肉の塊や捌いていない魚をお持ち頂き、これを料理してくれ、と依頼されることもありますし、再び訪れることが難しい店、既にクローズしてしまった店などで供された、思い出の料理を再現して欲しい、というようなリクエストを頂戴するケースもございます。

 思い出の料理を再現する場合、店名や料理名などでネット・サーチをかけると、素材や作り方のあらましがわかるケースもありますし、まったく手がかりが得られず、リクエストされる方の記憶だけを頼りにしなければならないこともございます。

 そうやって拵えた料理に、これは懐かしい味に近い、と言って頂けることもありますし、ちょっと違うんだよなあ、というような反応を頂くこともあります。

 ずいぶん以前から親しい友人に、林檎のフランを作って欲しい、と言われておりました。

 その友人が学生時代、よく通ったレストランの人気のスウィーツだったのだそうです。

 記憶を呼び起こすと、私は一度、その友人に連れられて、そちらのお店で林檎のフランを頂いたことがございます。

 中央線の国立駅の近くにあった、そのこぢんまりと居心地のよい店は、山口百恵さんが訪れることがあるとかないとか、そんなことを聞かされたような記憶が甦ります。

 私たちは20代の前半だったはずです。
 国立まで出かけた理由が、林檎のフランを食べるためだったのか、その友人の母校の学園祭やスポーツの試合を覗きに行ったついでだったのか、定かな記憶が今ではもうありません。
 私たちは若さ以外、何も得てはいませんでしたが、何をやっても楽しく、おもしろい、そんな年頃でした。

 それから30年が経ちました。
 私たちはいろいろなものを得て、失い、結局、あの頃とそう大きくは変わっていないような感じもいたします。
 ひとつだけ、決定的に変わってしまったのは、楽しくおもしろいばかりの年代は、疾うに過ぎてしまった、ということです。

 かつて輝かかりしもの、今や眼前より永遠に消え失せさりしも、
 草原には輝き、花には栄光ある、時を取り戻すこと能わずとも、
 嘆くまい、むしろ、その後に残れしものの中に、力を見出さむ

 学生の頃に学んだ、ワーズワスの頌歌の一節が、この頃になってようやく、実感と共に沁み込んで来るようになってまいりました。


 厚めに切った皮つきの紅玉に、砂糖とレモン汁をふりかけて置き、水分が出て来ましたら、ラム酒を加え、落とし蓋をしながら、少し煮て、コンポートにします。

 タルト型にパイシートを敷き、膨らんでしまわないように、重石を載せて軽く焼き、パイの土台を作ります。

 卵と砂糖を泡の立たないようによく混ぜ、レモン汁、温めた牛乳と生クリームを合わせ、濾し器で小さな泡を取り除きます。

 作っておいたパイの土台に紅玉のコンポートを並べ、その上から濾しておいた卵液をゆっくりと注ぎます。

 180度に予熱したオーヴンで、表面に焼き色がつくまで、40分ほど焼きましたら、林檎のフランの出来上がりです。わかり易く言ってしまうと、焼きプリンの中に煮りんごが入ったものを想像して頂ければ近いかと思います。
 温かいままでも、冷蔵庫で冷やしても、それぞれに美味しく召し上がれます。


 友人は、とても美味しい、とだけ言って、続けて2切れを、口に運びました。
 私はよく冷えた酒を汲みながら、それをただなんとなく笑顔で眺めておりました。

 静かな休日の午後の時間が、私たちの周りをひっそりと包み込んでおりました。

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矢吹透『美しい暮らし』

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