日本人はお仕事小説やお仕事ドラマが大好きです。小さな会社が社員の一致団結でみるみる結果を出したり、ダサダサな女の子がフッション雑誌で働きおしゃれになってバリバリ変身したり、いちサラリーマンが上司をギャフンと言わせたり。そんな姿を見てついつい日曜日の夜なんかに胸を熱くしてしまうのが、組織で「頑張る」ことが大好きな日本のお国柄なのかもしれません。百貨店を舞台にしたお仕事イヤミス『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで』の著者・真梨幸子さんに、お仕事小説が秘めている人間の「本音」についてうかがいました。 

外見もオーラも違う憧れの”外商“

Q『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで』は百貨店の外商を題材にされています。なぜこの題材にしようと思われたのでしょうか。

学生時代の4年間、「マネキン」のアルバイトをしていたんです。あちこちの百貨店に派遣されまして。そのときの経験をいつか小説にしたいな……と思っていたところ、「外商の真髄」という本をたまたま読んだんです。
ゾクゾクしました。
というのも、マネキンをしていたとき、「外商」という存在は特別だったからです。「外商扱い」というだけで、売り場に緊張が走るぐらい(笑)。とにかく、一般の店員とは外観もオーラもまったく違う。
そんなことを次々と思い出し、「次の小説は絶対に〝外商〟にしよう」と。
で、幻冬舎の担当さんから「新連載」のお声がかかったので、「外商はいかがですか?」と(笑)

Q普段から百貨店には行かれると思いますが、お気に入りの百貨店などありますか?

ずっと西武線を利用していましたので、使用頻度からいえば、「西武」です。西武線から離れた今も、クラブオンカードでポイントを貯めまくっています。
でも、本音を言えば、「伊勢丹」の煌びやかさに心惹かれています。

Q百貨店の中で、いちばん長時間過ごされるフロアはどこでしょうか。

昔はインテリアゾーン。今はペットショップゾーンです。このペットショップゾーンで、運命の出会いも果たしました!

Q作中では「百貨店ならでは」の秘密(隠語など)がたくさん紹介されていますが、どのように調べられたのでしょうか。

学生時代にマネキンをしていましたので、そのときの経験から創作しました。
ちなみに、「三番」という隠語は、今もデパートをうろついていると時々耳にします。割とポピュラーに隠語なのかもしれません。

職場はある種「宗教」?

Q『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで』は「お仕事小説」としても大変楽しい小説です。中でも敏腕外商の大塚さんが言い放つ、「お客様は所詮は他人です」という一言は目からウロコです。読者のみなさんも日頃、職場で仕事相手にやきもきしていると思いますが、そんな人たちにエールを送る小説でもあるように思います。そんな「お仕事イヤミス」のアピールポイントを教えてください。

「お仕事小説」というのは、一歩間違えれば「ブラック企業小説」になっちゃいますよね。登場人物がみんな頑張りすぎ(笑)
そんな「頑張り」を素直に描いたら、あら不思議。「イヤミス」になっちゃいました。
そう、仕事といのうは、本来「イヤ」なものです。頑張れば頑張るほど、その陰で不幸になる人もいるかもしれないし、悲劇を生み出している可能性もある。なのに、その利益は一握りの富裕層が独占している。そんな不条理を少しでも感じていただけたらな……と。

Q職場はある種修羅場で、人の怨念が行き交っています。イヤミスとお仕事小説を結び付けられた理由はそこにあるのでしょうか?

職場というのはある種「宗教」だと考えています。その職場のルール(経典)に従って、社員たちを有能な信者にする。洗脳ですね(笑)
完璧に洗脳されればそれはそれで幸福なんでしょうが、洗脳が中途半端な人にとっては、地獄です。「自分はなぜこんなことをしなくてはならないのか?」という疑問と「仕事なんだから仕方がない」という諦めがずっとせめぎ合い、そのせいで心のバランスを崩す人も。その様は、「イヤミス」そのものですよね。

Q「外商」の仕事の特殊性は作中でも紹介されていますが、その他の職業でも、コンパニオン、編集者、マネージャーなど、外商に通ずる仕事もあると思います。そういう他者と「伴走」する職業についてどのように思われますか?

マイペースな私には、絶対無理な職業だと思いました。他者にこれほど尽くすなんて私にはできないと。
だからこそ、興味があったんです。
そして、この連載が終わりかけた頃、ひとつ分かったことがあります。
「伴走」しているように見えて、実は「使役」しているんじゃないかと?
召使たちのえげつない悪行が赤裸々に描かれたジョナサン・スウィフの「召使心得」という短編を読んだのですが、「外商」もそれに当てはまるかもしれません。
つまり、従順に「伴走」しているように見えて、その実、その人物からあの手この手で富と栄養を吸い取っている。言葉は悪いですが、宿主に寄生する「虫」なんでは?と。
そんな思いもあって、単行本にするとき、ラストの「最終章」を書き下ろしました。

Q帯にも「私利私欲の百貨店」とあります。いろんな欲が蠢く百貨店とイヤミスのハイブリットであるこの作品、バラエティに富んでいますが、作中最もお気に入りの章とその理由を教えていただけますでしょうか。

全部気に入ってますので、ひとつには絞れないんですが。
強いて言えば、「ニンビー」。今まで笑いながら読んできた小説が、この章で大きく転調します。その後は怒涛の展開が続きますので、気を引き締めて読んでいただければ。

Q最後に、読者のみなさんに一言お願いいたします。

「笑えるイヤミス」とあるように、肩の力を抜いてサクサクと読んでいただけます。でも、あまり力を抜いていると、後半、思わぬ膝カックンを喰らうかもしれません。お気をつけくださいませ。


〜番外編〜
Qお気に入りのデパ地下スイーツを教えてください。

スイーツとなれば、定番は「とらや」の羊羹です。
あと、「ねんりん家」のバウムクーヘン。

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真梨幸子『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで』

欲あるところに極上ミステリあり。
美味しいものが食べたい、きれいな服を着たい、きれいになりたい、恋をしたい、子供がほしい、子供を立派に育てたい、金儲けしたい、もてたい、浮気がばれないようにしたい、家がほしい、幸せになりたい、いい暮らしがしたい、死にたくない。
私利私欲の百貨店へいらっしゃいませ。

真梨幸子『アルテーミスの采配』

出版社で働く派遣社員の倉本渚は、ある日AV女優連続不審死事件の容疑者が遺したルポ「アルテーミスの采配」を手にする。原稿は“僕は犯人ではない。本当の黒幕は”という告白の途中で終わっていた。好奇心のあまり調査を始める渚だったが、やがて原稿に張り巡らされた罠に気付く――。一頁目から無数の罠が読者を襲う、怒濤の一気読みミステリ。