旅の前に気がかりだったことは、旅に出たからといって解決するわけではなく、フィンランドの空の下でも思い出すと気が滅入った。

 ただ、これを書いている2ヶ月後の今のわたしは、「そこまで悩むほどのことでもなかったな」とケロリとしている。

 大丈夫だ、旅を楽しめばいいんだよ。

 2ヶ月前のわたしに会いに行って教えてやりたいが、過去には行かれないのだし、そもそもフィンランドは遠いのだった。

 さて、旅の5日目。

 手早く身支度し、アアルトのカフェまで朝食を食べに。昨日のモーニングセットは量が多かったので、今日はオレンジジュースとプッラにする。プッラは甘いパンのこと。あいかわらず店員の女性は感じがよく、弾むように働いている。

 朝食を済ませ、アアルトのアトリエ見学へと向かう。1954年~1955年にかけて建てられたアアルトのアトリエは、今もアアルト財団の事務所として機能している。一日に二回、建物内の有料ガイドツアーがもうけられており、11時30分~の回に間に合うよう4番のトラムに乗り込んだ。

 Laajalahden aukio駅下車。降りたことがある駅だ。アアルトの自邸もこの駅にあり、前回の旅ではそちらのガイドツアーに参加したのだった。

 Laajalahden aukio駅から歩くこと約10分。アトリエは、白壁のあっさりした外観で、よく見ていないと素通りしてしまうほど。

 15分前に到着する。3人ほど先客がいた。入り口に案内板があった。一番上が英語。その次にフィンランド語。最後が日本語。日本人は相当、アアルトが好きなようだ。

 時間になると人が集まり、最終的には10人くらいだっただろうか。日本人はわたしを入れて4人だった。

 受付で18ユーロを支払い、その後、一階の小部屋に通される。もともと食堂として使われていた部屋で、調理場もあり、窓には赤いギンガムチェックのカーテンがかかっていた。家具ももちろんアアルトのデザイン。黒い天板のテーブル、白い食器棚、赤茶色の床。キリリとしているのに、やわらかさがある。横長の窓から太陽の光が差し込んでいた。

 案内役の女性が来て、いよいよガイドツアーの開始である。建物内の説明をガッツリしてくれるのだが、むろん、英語なのでぼんやりとしかわからない。しかし、入り口の物販コーナーに日本語のカタログが販売されていたので、あとで買って読めば大丈夫! 彼女の口調や表情を記憶し、カタログと照らし合わせつつ楽しむことにする。

 階段をあがると、製図室。部屋は奥に長く、両端にどっしりとした作業台がいくつも並んでいた。方流れの白い天井が心地よい。中庭に面したアトリエに案内されたときには、みな、もう、「わわわー」となっていた。国は違えど、美しい空間には同じリアクションになるようである。

 ここでの説明が終わったあとは、しばしフリータイム。写真も撮れるので、あっちへ、こっちへ。ひとりで参加していた韓国人の若い男の子に写真を頼まれる。アアルトの椅子に座っているところを撮ってほしいとのこと。まかせとけ! 彼の一生の思い出になるよう、あれこれ構図を考えつつ真剣に撮影する。こういうときのわたしは、本当にキラキラしていると思う。

 好きな自分も、嫌いな自分もいる。好きな自分とともにいるときは無敵である。

 いい写真になっただろうか。彼はそれを自分の大切な人たちに見せるんだろう。写真を頼まれるのは誇らしいことだと思った。

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