古い物の【声】を聞くことができるという、不思議な力を持つ店長・洸介(こうすけ)と女子高生の紫乃(しの)のコンビが、骨董に秘められた“思い出”を優しく解き明かす『アンティーク弁天堂の内緒話』。「第一話 白鳥の想いびと」のためし読みを3回にわたってご紹介しています。3回目は、祖母の遺品であるガラスの白鳥から、亡き祖母を呼ぶ声がすることに気づいた紫乃。途方に暮れながら哲学の道を歩いていると、弁財天を名乗る女性に出会って――という展開。ぜひお楽しみください!

 

*  *  *

 葉桜の作る木陰が涼しい。

 まだ明るさが残る並木道を進んでいくと、疏水の対岸からうっすらと線香の匂いがただよってきた。足を止めて向こう岸を見ると、瓦屋根のお堂のそばに赤い提灯や旗が連なっている。

 提灯や旗には、「幸せ地蔵尊(じぞうそん)」と記されている。

 ──お寺の名前って難しそうなのばかりだけど、ここはやさしい名前。

 あたたかな空気をまとっているようなそのお堂に、紫乃は近づいてみた。

 小さなお堂だというのに、隣には多くの絵馬が連なって壁状になっている。

 紫乃は絵馬を一枚一枚手に取って、記されている願いを読んでみた。

 家族がいつまでも健康でいられますように。

 私も友だちも試験に合格しますように。

 友人たちと一緒に元気で過ごせますように。

 ──自分だけじゃなくて、他の人の幸せも願ってる絵馬ばかり。

 他人の絵馬をまじまじと見るのは初めてだった。意外なほど、自分以外の誰かの幸せを願っている人々が多い。

 紫乃は胸ポケットからガラスの白鳥を出してみた。夕焼けの光を反射する白鳥の上に、性別も年齢も分からない白い人影が座っている。

 ──この人が幽霊だとしたら、何がこの人の願いなんだろう。

 幸せ地蔵尊の絵馬を見ていたせいか、紫乃は初めてそこに思い至った。

 ──お祖母ちゃんの名前が聞こえてくるから、お墓に一度連れていってみる?それともお仏壇に置いてみる?それとも……。

 うつむいて考えにふけっていると、白い足袋と鼻緒の赤い草履が視界に入った。

 色とりどりの手毬を染め出した赤い着物、萌黄色の帯。派手な和装だなと思いながら視線を上げていくと、あでやかな美しい顔が笑みを浮かべていた。

 年の頃は二十二、三歳くらいだろうか。

 長い黒髪をきれいに結い上げて、古風な鼈甲のかんざしをさしている。

 夜空を珠にしたような、黒くくっきりとした瞳に紫乃は見とれた。

「素敵なガラス細工」

 紫乃が何か言う前に、和装の美女は言った。

「わたくしにくださらない?」

 美女の視線は、紫乃の手のひらの白鳥にそそがれている。

「あなたは……どちらさまですか?」

 紫乃の問いに、美女は微笑みを深くした。

「弁財天」

「えっ?弁財天って、七福神の?」

 弁財天、またの名を弁天。

 仏教の神であり、財産や技芸(ぎげい)の才能などを司ると言われる。

 しかし目の前の女性がそんな存在だとは思えない。

「神様なわけないでしょう。からかわないでください」

「なるほど、信じられないのね。じゃあ、あなたがここに来た理由を当ててみましょうか」

「そんなこと、できるわけが……」

 紫乃は途中で言葉を失った。自称弁財天が屈託のない顔でこちらの手元を見ているではないか。

「あなた、幽霊が見えているんじゃない?」

 驚いて、紫乃は視線をさまよわせる。相手は自信たっぷりな表情で、こちらも何か言い返さねばと思う。

「ど、どういう……ことですか」

「あなたの視線、そのガラスの白鳥よりもちょっとだけ上を見ているのですもの。見えているんでしょう。小さな白い人」

 紫乃は、警戒心と安堵との板挟みになりつつうなずいた。何と言っても、初めて自分以外に見える人間が現れたのだ。

「誰か乗っているのね。その人ごともらいたいわ」

「祖母の遺品ですから、いけません」

 ガラス細工を両手の中に握りこもうとする。しかし「かずえさん」という声に、紫乃は思わず動きを止めた。

「そのガラス細工は、お話をするのね」

「あなたにも聞こえるんですか」

 ──まさか、ふることぎき?

 弁財天と名乗る女性は、紅い唇をふっとゆるめた。

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仲町六絵『アンティーク弁天堂の内緒話』

進学のため京都・下鴨神社近くの寮で暮らすことになった女子高生の紫乃。ある日、実家からお守りとして持ってきたガラスの白鳥から、亡き祖母を呼ぶ声がすることに気づく。途方にくれる紫乃だったが、琵琶湖の弁財天を名乗る女性に、哲学の道にある骨董店へ行くよう促される。そこには不思議な力で訳ありの品の謎を解く店長・洸介がいて――。