「分かった。ガラスの白鳥でしょ。当たり?」

 得意げに振り返ると、和恵はなぜか困ったような顔で笑っていた。

「ねえ、きれいだからちょうだい?」

 紫乃は無邪気に両手を出して「ちょうだい」のジェスチャーをした。翼をたたんで水面に憩っているような優雅な姿は、たまらなく魅力的だった。こんな素敵なものを、おばあちゃんがわたしにくれないわけがない──そんな紫乃の期待は、たちまち砕け散った。和恵が悲しそうに首を左右に振ったからだ。

「ごめんねえ、紫乃ちゃん。これだけはあげられないの」

「えーっ。なんでー?」

「ごめんね。宝物だから」

 意外な祖母の答えを受けて、紫乃は考えた。宝物というのは、童話に出てくる大粒のダイヤの指輪みたいなものだろうか。なら、仕方ない。おばあちゃんは、わたしに意地悪がしたくて断っているわけではない。おばあちゃんは、相変わらずわたしのことがかわいい。ならいい、それならいい。

 ちょっとだけ傷ついた自尊心を自分でなぐさめてから、紫乃は胸を張った。

「分かった。おばあちゃんの宝物だもんね」

「まあ、ありがとうねえ」

 朗らかに言った和恵の顔は、もういつも通りだった。

「でも、いつか紫乃ちゃんにあげようね。ゆびきりげんまん」

 差しだされた和恵の小指に、紫乃の小さくぷっくりした小指がからむ。

「ゆーびきーりげーんまん、うそついたらはりせんぼんのーます」

 からめた小指を上下に振って歌い終わると、紫乃はもうすっかりガラスの白鳥を当分がまんする心の用意ができていた。だから、今度はすぐ手に入りそうで魅力的なものに関心が向いた。

「おばあちゃん。お菓子食べていい?」

 紫乃は、棚の片隅に置いてあるクッキーの缶に目をやった。

「はいはい。少しだけね」

 和恵は立ち上がってクッキーの缶を紫乃に手渡すと、大きなガラス窓を開けた。緑の葉の香りを含んだ、ほんのり涼しい風が入ってくる。

 

(久多の北山友禅菊=仲町六絵撮影)

 

「ごらんよ、紫乃ちゃん。北山友禅菊が花盛りだ」

 紫乃はクッキーの缶を抱えたまま、窓辺に近寄った。

「今年もきれいだね、おばあちゃん」

 薄紫の織物を広げたような花畑が、山と山の間に揺れている。清楚な野菊が集まって、華やかな眺めを作り出していた。

「紫乃ちゃんの名前は、久多のきれいな北山友禅菊から取ったんだよ。紫乃ちゃんの紫は、北山友禅菊の紫」

 歌うような口調で和恵が言い、紫乃は、今見ている紫の花の群れが心の奥底に降りてきたような、清らかな気持ちになった。

「高校に上がって久多を出ることになっても、忘れないでね」

「うん」

 久多の子どもは中学を卒業したらたいてい家を出て、一人暮らしをする。公共交通がない上に原付で夜の山道を走るのは危険すぎるので、高校に通うにはそうするしかないのだった。

「おうちを出ても、夏休みには久多に帰ってくるからね。おばあちゃん」

「はいはい。食いしん坊さんには、おいしいものを用意して待っていようね」

 薄紫の花々が風に揺れる。

 どの花もまっすぐに、天に向かって伸びている。

 からららん、と氷の音が響く。

 ガラスの抹茶碗が、自分の活躍する季節を喜ぶかのように鳴っているのだった。

 

*  *  *

次回は1月28日(日)公開予定です。

幻冬舎plus限定の特別番外編も公開中!
本編をお読みいただく前も後も楽しめます!

この記事をシェア
この連載のすべての記事を見る

★がついた記事は無料会員限定

仲町六絵『アンティーク弁天堂の内緒話』

進学のため京都・下鴨神社近くの寮で暮らすことになった女子高生の紫乃。ある日、実家からお守りとして持ってきたガラスの白鳥から、亡き祖母を呼ぶ声がすることに気づく。途方にくれる紫乃だったが、琵琶湖の弁財天を名乗る女性に、哲学の道にある骨董店へ行くよう促される。そこには不思議な力で訳ありの品の謎を解く店長・洸介がいて――。