『からくさ図書館来客簿』シリーズで知られる人気作家・仲町六絵さんの最新作『アンティーク弁天堂の内緒話』が幻冬舎文庫から発売となりました。

 京都・哲学の道にある骨董店を舞台に、訪れた人と品物の思い出をつむぐ、ちょっと不思議で心温まるストーリーです。

 本作の発売を記念して、仲町六絵さんによる完全書下ろしの特別番外編ショートストーリーをお届けします。幻冬舎plusでしか読めない特典。あらすじと登場人物紹介、そして著者コメントの後にぜひお読みください!

 

*  *  *


<あらすじ>

 進学のため京都・下鴨神社近くの寮で暮らすことになった女子高生の紫乃(しの)。新生活にようやくなじんできたある日、実家からお守り代わりに持ってきたガラスの白鳥から、亡き祖母を呼ぶ声がすることに気づく。途方にくれる紫乃だったが、琵琶湖の弁財天(べんざいてん)を名乗る女性から、哲学の道にある骨董店「アンティーク弁天堂(べんてんどう)」へ行くよう促される。そこには不思議な力で訳ありの品の謎を解く店長・洸介(こうすけ)がいて――。

 

<登場人物紹介>

谷崎紫乃(たにざき・しの)
京都市左京区最北端の集落・久多(くた)出身の女子高生。「ふることぎき」という、古い物の声を聞くことができる不思議な力を持っている。ある出来事をきっかけに、弁天堂でアルバイトとして働いている。

影近洸介(かげちか・こうすけ)
骨董店「アンティーク弁天堂」の若き店主。紫乃より強い「ふることぎき」の力を持つ。その正体は、琵琶湖に浮かぶ竹生島(ちくぶしま)弁財天の孫。

弁財天(べんざいてん)
洸介の祖母にして、竹生島に祀(まつ)られる弁財天。普段は竹生島にいるが、弁天堂にある鏡を通して店にやって来ることも。



<著者コメント>

「発売前から多くの方々に応援して頂いて嬉しかったので、後日談を書いてみました。
ゲラを読んでくださった書店員の皆様からは、あたたかいご感想を。読者の皆様からは、
驚くほどのご購入予約を。作者としては、お礼をせずにはいられません。
本編を読む前でも大丈夫ですので、どうぞお楽しみください。」

 

*  *  *

 

 円卓の向かい側に座っている洸介が、おもむろに両腕を広げた。作業中の紫乃に、何か話そうとしているようだ。白い長袖シャツの胸元にできるかすかなドレープを、しなやかだと紫乃は思う。洸介はこの頃グレーのベストを脱いでシャツでいることが多い。京都の夏は蒸し暑いからだ。

「こんな大きな魚がな、紫乃」

 二十三歳の青年にしては幼い仕草で、洸介は話しはじめる。

「作業しながら聞いててもいいですか?」

 宛名シールを葉書に貼りながら紫乃は尋ねた。この店でアルバイトを始めておよそ三ヶ月。夏休みに入ったので、高校の制服ではなく薄手のワンピースにいつもの仕事用エプロンを着けている。

「もちろんいいよ。悪いなあ、残業させて」

「寮の晩ご飯までに帰ればいいから、大丈夫ですよ」

 卓上に百枚あまり積まれているのは、この「アンティーク弁天堂」から顧客に送る展覧会の案内葉書だ。うっかりすると表書きの「弁天堂・夏の古美術展」という大きな字に宛名シールが被りそうになる。裏は弁天堂の商品――つまり骨董品の写真なので、表側にはほとんど余白がない。展覧会の名前の下には店長である洸介の案内文が続き、最後に弁天堂の住所と、ここ哲学の道周辺の簡単な地図。

「大きな魚がどうしたんですか?」

 京都市内の住所が記されたシールを貼る。宛先は高級料亭だ。良いお得意さんらしい。

「琵琶湖から、とても大きな鯉が哲学の道に来るんだ。さっきは大げさに言ったが、まあ、体長はこのくらいかな」

 洸介は両手の距離を少し近づけてみせる。それでも六十センチはありそうだ。

「琵琶湖疏水(びわこそすい)を通って来るんですか?」

「正解。普通の鯉ではないとはいえ、長旅だからなかなか大変だ」

 琵琶湖疏水とは、滋賀県にある琵琶湖の水を西側の京都市街へ引きこむための長い水路だ。県境に連なる東山山麓の地下をくぐって地上に出ると、そのまま西へ向かう本流と、山麓の西側に沿って北へ向かう分流に分かれる。この分流は桜並木が美しく、哲学の道という名で知られている。名前の由来は不明だが、一説には哲学者の西田幾多郎が思索のために歩いたからだという。

「普通の鯉ではないということは……」

 宛名シールを貼りながら、紫乃は考える。洸介の祖母は琵琶湖の竹生島に住む弁財天だが、もしやその鯉も神仏に近しい存在なのだろうか。

「神様ですか?」

「神様ではないが、千年生きている鯉だ。名前は淡い海に太郎と書いて、淡海(おうみ)太郎と呼ばれている」

 紫乃は作業する手を止めて、洸介の顔を見た。からかわれているのかと思ったが、これから写真を撮られるモデルのように澄ました表情だ。

「どうしたんだ紫乃」

「不思議だなと思ったんです。神様ではないのに千年生きているなんて」

 洸介が、ふっと口の両端を上げて笑う。夜が珠になったような黒い瞳に気を取られかけて、紫乃は目をそらす。

「何が可笑しいんですか」

「紫乃も、すっかりこの店に馴染んだ。この国のそこここに神様がいると、当たり前みたいに言う」

 声に笑みを含んだまま洸介は立ち上がり、壁際へ歩いていく。長方形の大きな鏡がかかっているあたりだ。

「千年生きる鯉が琵琶湖にいてもおかしくはないよ。北大西洋にいるニシオンデンザメだって五百年以上生きるんだ」

「そんなサメいるんですか?」

「この間テレビで見た」

「洸介さん、テレビ見るんですね」

「見るよそりゃあ。骨董屋だからって浮世絵や曼荼羅(まんだら)ばかり見てるわけじゃない」

 ――江戸時代の浮世絵や仏教美術の曼荼羅をテレビと一緒にするなんて、洸介さんってやっぱり変な人……。

 感想を呑みこみつつ、紫乃は洸介の広い背中を目で追う。洸介は、細い扉を思わせる長方形の鏡に手を当てている。鏡面にゆっくり霧がかかったかと思うと、いつしか赤い着物の女性が映しだされていた。洸介の祖母、竹生島の弁財天だ。

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仲町六絵『アンティーク弁天堂の内緒話』

進学のため京都・下鴨神社近くの寮で暮らす ことになった女子高生の紫乃。ある日、実家からお守りとして持ってきたガラスの白鳥から、亡き祖母を呼ぶ声がすることに気づく。 途方にくれる紫乃だったが、琵琶湖の弁財天 を名乗る女性に、哲学の道にある骨董店へ行くよう促される。そこには不思議な力で訳ありの品の謎を解く店長・洸介がいて――。

 

仲町六絵『アンティーク弁天堂の内緒話』

進学のため京都・下鴨神社近くの寮で暮らすことになった女子高生の紫乃。ある日、実家からお守りとして持ってきたガラスの白鳥から、亡き祖母を呼ぶ声がすることに気づく。途方にくれる紫乃だったが、琵琶湖の弁財天を名乗る女性に、哲学の道にある骨董店へ行くよう促される。そこには不思議な力で訳ありの品の謎を解く店長・洸介がいて――。