東京近郊の低い山をちまちまと歩いています。
 同行者は主に、友人の通称カッパ。
 彼女は、山と料理と温泉とリサーチと地図を好み、体力は私と同等、独身、という、山仲間としての完璧なスペックを備えています。婚活だ見合いだと騒いでいたときはちっとも痩せなかったのに、「このままの体重では膝に負担がかかり山に登れなくなる」と言われたとたん、するすると痩せてきました。人生の優先順位が明確になってきたようです。

 11月、紅葉にはまだちと早い、うららかな平日。リュックをしょって向かったのは、標高446mの八王子城山。日本百名城にも指定されている、八王子城の城跡がある山です。城があったということは、眺めが良さそう。敵を見つけやすいですものね。

 スタートは、バス停「川原宿大橋」から民家を抜けたところにあるお寺「心源院」から。
 登山口はそのへんの人に聞けばいいや、などと呑気にいってみたら、人っ子ひとりいません。ぐるり見回すと、それらしき案内板を発見。そこからも、とんと人に会いませんでしたが、分岐ごとに、手書きのかわいい道しるべがいざなってくれました。

 落ち葉とどんぐりを踏みしめ、ふかふかの山道を登ります。
 少し登っただけで、ときどき景色がぱっと開けて、気分爽快。のどかでいいわぁ~とウキウキ歩いていたのですが、ひとつだけ、私をじゃまするものが。

 その道は、この数日、誰も足を踏み入れてなかったのでしょう。進むたび、顔面に、もや~、もや~と、蜘蛛の巣がまとわりついてくるのです。
 私は木の棒を拾い、ふりまわしながら歩くことにしました。気分は小学生男子。「おっれはーむってきー」みたいな気分で、棒を八の字にぶんぶんふりまわしながら、どんぐりをけちらし進む四十女。

 汗もかかず息も切らさず順調に進んだのですが、山頂に近づくにつれ、さすがに坂道が険しくなり、階段も増えてきます。
 石の階段を無言でひたすら上っていると、山の上からひとりのおじいさんが降りてきました。
「八王子神社にいくの?」「ハイ」。山の上に神社があるのです。
「神社、ぼろかったよー」ぼやくおじいさん。「いやぁ、それにしてもぼろかった」さらにぼやくおじいさん。暗に「がっかりするだけだぞ。やめておけ」と忠告してくれているのでしょう。
 とはいえ、この中途半端な場所で引き返すわけにはいかず、「えへへ」と曖昧な返事をして、おじいさんと別れました。

 私たちは神社の手前にある「松木曲輪」という場所で昼食をとることに。
「曲輪」は「くるわ」と読みます。お城の区画の呼び名で、土塁などで囲んでつくられた平らな場所のこと。戦の際は、各曲輪ごとにチームが形成されていたようです。
 さすが敵を見張るだけあって、景色は上々。さらにテーブルと椅子も! 高尾の山々を一望しながらごはんが食べられる、素晴らしい環境です。

 昼食担当のカッパは、リュックから、ホットサンドクッカーという名の鉄の塊を取り出しました。食パンに、ダイエットのために大量につくったというおからハンバーグをはさみ、バーナーでじりじり焼きます。あとはお湯を沸かして、インスタントのシチュー&ホットコーヒー。はぁ、幸せ。

 ごはんのあと、例の神社に向かいました。おじいさんから助言を受けていたので、ダメージはありません。ボロ具合だけ確認して、下山開始。
 くだる途中も、いくつかの曲輪があります。
 この城の落城をきっかけに、かの北条氏が滅亡したそうで。資料には、「多勢に無勢」「陥落」「切腹」といった物騒な言葉が並びます
 曲輪で敵を見つけて、「あちゃー」「絶対無理ー」となったときは、さぞ怖かったでしょうね。

 山を降りたところに「御主殿の滝」なるものがあると聞き、滝好きの私たちはすたこら向かいました。
 そこはそこでまた、血塗られた滝。落城の際、城に残っていた武将と婦女子らが、滝の上で自刃し、滝に身を投じ、川が三日三晩赤く染まったとか。
 整備された古道を歩き、滝、到着。きれいだけど……大仰な名前とエピソードのわりには、ちっちゃめです。滝の高さは数メートルしかなく、滝壺も子供用プールくらいしかありません。
 身投げ、無駄じゃない? 滝壺、2、3人でいっぱいだよ。
 今度は私がぼやく番。あのおじいさん、滝のことも教えといてくれたらよかったのに。

 運動のあとは、温泉です。本日の湯は「天然温泉 高尾の湯 ふろッぴィ」。
 最近、20代前半の子と資料の整理をしていたら、フロッピーディスクが出てきて、「へぇ、これが。初めて見ました!」と無垢な笑顔で言われました。ポケベルもワープロもシングルCDもMDも、本物を見たことがないそうです。
 まぁでも、この地に眠る武将からしたら、「曲輪、知らないの? 自刃して滝、落ちるでしょ、それは」ということかもしれませんから、時は流れる、ただそれだけのこと。

「ふろッぴィ」は、昭和感あふれる、居心地のよい施設でした。
 広々とした浴場、ゲームセンター、漫画コーナー、宿泊もできる休憩室、そして100人は悠に座れる宴会場。
 その日は仲良しおばさん2人が交互に歌っているだけでしたが、館内のいたるところに「純烈」のポスターが!
 全国のスーパー銭湯をめぐる、おばあちゃんのアイドル「純烈」。元戦隊ヒーローらで結成された、ムード歌謡を歌って踊る、平均身長183cmの、あの「純烈」が、ここ、ふろッぴィにやってくる!!

 風呂入ってビール飲んで、ハンサムな若い男に「今日は来てくれてありがとう」などと言われ、「キャー!」と叫び、ちょっと触ったりもし、「また会いましょう」などと言われ、風呂入ってビール飲んで、寝て、起きて、風呂入って、帰る。……最高じゃないですか。
 こんなグループが増えたら、ますます女の平均寿命は伸びてしまいます。高齢社会に向けて、おばあちゃんに的を絞ったグループはこの先も続々と結成されるはず。
 老後の楽しみができました。
 
 そのころにはiPhoneも過去の遺物になっているのでしょうか。なにこれ、AIスピーカー? 初期こんなんだったの? なかったときは電気とかどうやってつけてたの? スイッチ? ひも? え、ひも?? とか言われるんでしょうか。
 
 いいんです。
 そんなやるせなさも、山の自然とスーパー銭湯のアイドルが、きっと癒してくれることでしょう。
 そのためにも、健康と資金を確保しておこうと、八王子で改めて思った次第です。

*きょうの昭和*青空に映えるビビットなカラー、ぐっときます。「ふろッぴィ」。小さい「ッ」と「ィ」はカタカナですので、お間違えなく。

*きょうのごはん*コールマン印のホットサンド。この鉄の塊を持参した友人は、「これはキャンプで使うべきものであり、登山に持ってくるものではないと重々承知している」と言っていました。

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山田マチ『ひとり暮しの手帖』

これは、ひとり暮しの山田の手帖です。

実家をはなれて、およそ20年。
これまでも、きっとこれからも、ひとり暮し。
ここには、ひとり暮しのいろいろなことを書きつけます。
このなかのどれかひとつくらいは、あなたの心に届くかもしれない。
いや、ぜんぜん届かないかもしれない。
そんなふうな、
これは、ひとり暮しの山田の手帖です。