写真:iStock/lovell35

 2017年も今日でおしまいです。約1ヶ月もこの連載の更新ができずに、今日を迎えてしまいました。皆さまいかがお過ごしでしょうか。

 楽しく年の瀬を迎える予定でしたが、今の私は戦場から命からがら帰還した戦士のごとく心身共にズタボロです。今回はそんな私の今の心情を正直にぶちまけて、今年の締めくくりにしたいと思います。今年の垢は今年のうちに全て落として、よい新年を迎えるために……。

 この1ヶ月どのような状態だったかというと、私が作・演出をする舞台、ペヤンヌマキ×安藤玉恵生誕40周年記念ブス会*『男女逆転版・痴人の愛』……と、お誕生日会みたいな楽しいイメージは名ばかりの、公演をやっていました。

 この「生誕○周年記念ブス会*」というのは40歳を機に同い年の女優・安藤玉恵さんと節目の年に演劇をやるというシリーズで、これから先、50歳、60歳、70歳、80歳…と何歳までできるかの挑戦、これをライフワークにして、これからの人生の糧にしよう、そう決意して立ち上げたものでした。

 「仲良し同士で一緒にやれて、楽しそうでいいねえ」

 この企画のことを聞いた人にこう言われることがありました。私はその度に強く拒否反応を示しました。そういうことではないんです。私と安藤さんは「仲良し」なんていう言葉で括られるような関係では決してないのです。

 この連載の特別編での対談でも言っていたように「15分刻みで生きている」というスーパーせっかちな安藤さんと、立ち止まって考え込んでいる間に15分どころか何日も過ぎてしまうスーパースローペースな私。性格は正反対。たぶん中・高校生の時に同じクラスにいたとしたら絶対同じグループにはならなかったであろう二人です。出会って20年になりますがこれまで気が合ったことは殆どありません。唯一意見が一致したのが、30歳の時に一緒に舞台をやろう!となったことと、今回このシリーズを一緒にやろう!となったことです。

 コンビのお笑い芸人で、相方とはプライベートでは一切会わない、仕事の場だけで会う関係を保つことで馴れ合いでない新鮮なセッションができるみたいな話を聞いたことがありますが、安藤さんとこれからこのシリーズをやっていこうと思ったのはそういう部分が大きいです。私と安藤さんはそのような関係が似合っている。仲良し同士の馴れ合いではなく、むしろプライベートでは気が合わないくらいのほうが、物を作る上での相性はいいんだと。そういうことを私がインタビューなんかで言ったりすると、「相性いいとか言われるの気持ち悪いからやめて!」と言い放つ安藤さん。

 今回の芝居は40歳の独身女性が15歳の少年を飼うという話で、それはここ数年、成人男性に希望を見いだせなくなり、美少年を愛でることに楽しみを覚えるようになった40歳独身の私の妄想が詰まっているのですが、そんな私のことを安藤さんは「意味がわからない。気持ち悪い」と言い捨てます。正直自分が大切にしていることを「気持ち悪い」と言われると、私もひそかに傷ついてはいるのです。だけどそこまではっきり言われると気持ちがいいもので、私をモデルにした洋子という主人公を、その気持ちが全くわからないという安藤さんが演じるというのは却って面白い試みのように思えたのでした。

 そうして始まった今回の企画。私が全てのイニシアチブを取る通常のブス会の公演とは違って、私と安藤さん二人でやっていく企画なので、内容についてや稽古の進め方なども二人で意見交換しながらやっていくかたちになりました。面白い芝居を作るために、言いたいことは何でも言い合おうと。

 そうして始まってみると、二人のペースの違いが如実に表れました。これまで毎日を15分刻みで生きてきた安藤さんは常に、スローペースな私の先を先を行きます。ぱっと言葉が出てこず考え込んでしまう時間が多い演出の私に対して、1分1秒も無駄に過ごしたくない安藤さんは、今やった芝居がいいのか悪いのか、悪いのだったらどこをどう直せばよくなるのか、素早く的確な指示を求めてきます。「そこはもっとまったりとした雰囲気で」とかいう指示をしようものなら、「演出する時に副詞は使っちゃだめ。人によって捉え方が違うのだから。ここでこのくらいの間を取って、とか具体的な指示でお願いします」と容赦なくダメ出しされます。稽古を進めるにつれ、演出家としての私のスキルが女優・安藤玉恵のスキルに追いついていないことを実感するのでした。そうして容赦ない安藤玉恵の攻撃は増していきました。

 30歳の時から演劇の作・演出をやるようになって10年、私なりに成長してきたという自負はありました。元々人を引っ張っていくタイプではない私が自分のユニットを主宰することもかなり勇気がいることでした。声はボソボソと小さくてお店で注文する時もなかなか気づいてもらえない、自分が思っていることをすぐにハッキリと言葉にできない、切れの悪いウンコのような物言いをしてしまう、瞬発力がない、身体能力が低い、人を怒ることができない、言いたいことを我慢して最悪なタイミングで切れてしまう、すぐに落ち込む、すぐにいじける、反省しすぎて自信をなくす……私が本来持っている欠点、演出家には全く向いていないであろう性質が、むき出しにされ、この10年間で私は何も克服できていなかったのではないかという絶望感でいっぱいになりました。

 こういうネガティブなことを書くこと自体、ここ数年の私は控えていました。ネガティブな自分を晒すことはもうしたくない、ポジティブなことだけを書いていこう。そう思ってこの連載も始めました。

 若い頃の私は人にあえて弱味を見せることで共感を誘うタイプの人間でした。
でも、自分のユニットを主宰して演出をする立場になってからは、人に弱味を見せると却って舐められて上手く立ち行かないということに気づき、舐められないように虚勢を張って生きてきました。そうしていると不思議とそういう自分に慣れるもので、いつの間にか強い女になれた気でいました。

 しかし女優・安藤玉恵とがっつり向き合ってみると、まだまだ自分が甘かったことに気づかされるのでした。私自身を否定されるようなことをあまりにズバズバ言われるので、何度も心が折れそうになりました。そうやって役者を追い込んでいく演出家はいますが、役者に追い込まれる演出家って、何なんだと。もう自分が情けなくって、帰り道ひとりになると泣けてきました。こうなってくると私の本来のいじけ癖が発症してしまい、私なんて…と自分をどんどん卑下してしまいます。

 ところで、女がこういうメンタルになった時、ふと隣に慰めてくれる男が出て来たりします。女の心の隙間につけこんでうまいことやってやろうとするハイエナのような男です。そういう男がいてくれるお陰で、最低限女としての自信は取り戻したりできるものです。

 しかしです。私はもう若い女ではないのです。40歳の紛れもないおばさんなのです。いくらメンタルがヘラっても、慰めてくれるハイエナ男も現れません。ただの惨めなおばさんなのです。阿佐ヶ谷パールセンターをひとり泣きながら帰る惨めなおばさん、それが私でした。

 生誕40周年ブス会、それは、自分が弱味を曝け出していい若い女ではないんだということを突きつけられる催しとなりました。

 だけど明けない夜はない。ようやく千秋楽を迎え、長い長い格闘の日々も終わりを告げました。打上げの3次会で行ったカラオケで、私は、一番好きなアムロちゃんの曲「RESPECT the POWER OF LOVE 」を歌いました。しかし全然上手く歌えませんでした。そんな私に安藤玉恵は「選曲も中途半端だね」と最後の最後までダメ出しをしてきました。10年後にやる時は、この女をギャフンと言わせたい。その為には自分にもっと力をつけなければ、と心の中で誓ったのでした。

 余談ですが、そのカラオケで同世代の男性スタッフ約2名が突然全裸になって踊り始めました。そのパフォーマンスが素晴らしすぎて、私はお腹を抱えて笑いました。こんなに心から笑ったのは何年ぶりだろうというくらい笑いました。傷ついた四十路女の心を癒やしてくれたのは、美少年なんかではなく中年男の裸でした。

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ペヤンヌマキ『女の数だけ武器がある』

ブス、地味、存在感がない、女が怖いetc.……。コンプレックスだらけの自分を救ってくれたのは、アダルトビデオの世界だった。働き始めたエロの現場には、地味な女が好きな男もいれば、貧乳に興奮する男もいて、好みはみなバラバラ。弱点は武器にもなるのだ。生きづらい女の道をポジティブに乗り切れ! 全女性必読のコンプレックス克服記。