土方さんが出た。ミサイルが飛んだ。
おそらく両者少なくとも30分以内で起こったことだろう。

それを知って私はまず「間に合った」と思った。
自分の生活や命が脅かされる「何か」が起こる前に、土方さんが手に入って良かった、と。

怖い思いをされた方には不謹慎で申し訳ない、というか私だって怖い。
しかし私には、空中でミサイルをキャッチしてそのまま太陽にツッコんでいく力も能力もないのだ、ならば、自分の力ではどうにもならない「何か」が来る前に土方歳三を手に出来た幸運を神に感謝するしかない。
不慮の事故が起こらなくても、いつか人は死ぬ、ワンピースやハンター×ハンター、進撃の巨人の最終回を見ることなく死ななければいけない人がこの世には存在するのだ、そして今若くて健康な人でも、いつかは「最終回が見れない作品」出てくる。
全てを見届け達成して死ぬことなど不可能なのだ、ならばできるだけ悔いを減らして生きるしかない。

今、一つ、大きな悔いがなくなった。

悔いがない、というのは恐怖の克服でもある、普通だったら丸一日は不安に駆られる大きなニュースである、しかし土方歳三を手に入れた私は「もう何も怖くない」であった。

そのセリフを言った某魔法少女がその後どうなったかは置いておく、むしろ同じことになっても、悔いがないのだからもういい、マミれる、俺は笑顔でマミれる。

しかし人間というのは欲深い、一つ何かを手に入れたらまた一つ欲しい物が出来る、つまりなくなった悔いの分だけ新たな悔いが生まれるのだ。

今、手に入れた土方歳三を堪能せぬままには死ねぬ。

これが手に入れた瞬間生まれた新たな悔いだ。否「堪能」などと言う言葉はこの場には相応しくない。

―prpr—―

そう「手に入れた私だけの土方さんをprprしない内は死ねない」
prprがわからない、未就学児はこのコラムを読んでいないと思うが、あえて説明するなら「ペロペロ」である。

ディスプレイを舐めるワケではない「いや舐めるよ」という人もいるが、それは流派が違う。
推しの一挙一動の数だけ絶命していく、それ私の『やり方』だ。

そうと決まったら、急がなければならない、もしかしたら発射されたミサイルがこちらに向かっているかもしれない、どうせ死ぬなら死因は「爆死」ではなく「土方歳三」でなくてはならない

推しが出なくても、出ても、死ぬ。

オタクというのはカゲロウのようにはかない生き物である、しかしどのオタクも大輪の花を咲かせて死んでいく、他人から見れば汚ねえ花火だが、どれも特別なオンリーワンだ 

「時間がない」
ミサイル着弾までどのくらい時間があるかはわからないが、出社時間が迫っていることだけは確かだ、早く土方さんをprpr、端的に言うと、ボイスやモーションなどを鑑賞しなければならない。「帰ってから」などというのは甘えだ。

実は土方さんを手に入れた瞬間気づいたことがある。

「世界はうるせえ」と。
外界の音や、謎のモーター音、今まで「無音」だと思っていた空間にも何かしら音がある、今まで気にも止めなかった、しかし、その微々たる音でさえ「土方歳三のボイスを聞くにはうるさすぎる」のだ。

音のない世界、土方さんの声を聴くのにふさわしい世界へ、私は吸い込まれるように便所へ入った、ここが一番静かだろう、と。

「便所も意外とうるせえ」
今まで気づかなかったが、何もしなくても、タンクから何か音がしている、むしろ個室だけにその音が良く響いている。
今まで便所は静かな場所だと思ったが全然そんなことなかったのだ、一体私の推しは、この短時間で、いくつ真理に気付かさせてくれるというのだ、純粋に怖い。

「こんな場所で土方さんの声が聴けるか、私は帰らせてもらう」
私は便所を飛び出した。

傍から見れば、便所に入って3秒で飛び出てきた、恐ろしく早グソの女である。

そして私は、ある禁じ手を手にした「イヤフォン」だ。
何を今更、と思うかもしれないが、冷静に考えて見て欲しい、推しの声を直接耳、脳内に流し込む。

「暴力」だ。

映画「HiGH&LOW」で、生コンを飲ませる、という拷問が登場したと聞いたが、推しの声を悩に流し込む、というのは大体それと同じである、


しかし、今は時間がない、ミサイルの着弾、もしくは出社時間は迫っている。
どうせ死ぬなら死因「土方歳三」だ。

私はイヤホンをスマホに装着し、再び便所に戻った。今思えば便所に戻る必要はなかった気がするが、死んだとしても、そのまま流してもらえば後始末が楽でいい、という私の最後の心遣いだったのかもしれない。

詰まるだろうと思うかもしれないが、ゲル状になって死んでいるだろうから問題ない。

9月15日、天気は覚えていない。
ただ、土方歳三が出た限りは死ぬには良い日だ。

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