イケズ――京都人は排他的で底意地が悪く、何を考えてるかわからないという。腹の底で何を考えているのかわからないのは誰だって同じなのに、なぜ京都人だけがそう揶揄されるのか。丁寧な取材と考察を重ねて、京文化の伝統「イケズ」の秘密に迫った幻冬舎新書『京都・イケズの正体』を全5回で試し読み!

(写真:iStock/pat138241)

黒い京都

 美香さんは続ける。

「当時は『黒七味』という商品名ではなかったんです。おじいちゃんの時代は『ヒリッとカラヒ』という商品名で売り出したんだそうです」

 山椒のひりつくような刺激と、唐辛子の辛さで『ヒリッとカラヒ』なのだろう。コロッケだの赤玉ポートワインだのが流行った大正期らしい響きがある。「何か新しいものを」という意気込みが込められたネーミングだ。もっとも流行り物は、呆気なく古びる。十二代目は『ヒリッとカラヒ』という商品名を変えた。

「私が嫁いだ頃は、竹の筒の容れ物に入れて普通に『七味唐辛子』と書いた紙を貼って売ってました。それを『黒七味』としたのは、お客様の声からなんです。お客さんがみんな『黒いの』ちょうだいって言うんで、それやったらいっそ『黒七味』に変えようと。普通の七味唐辛子と思って買って『これおかしいんちゃう』『色が変だ』と言うお客さんもいはったんですね。『黒七味』なら『この七味黒いで』とは言われないだろうと。でも商標がなかなか取れなかったんです、黒も七味も一般名称ということで。そやから、えらい苦労しました」

『黒七味』という商品名は単純だけれど、適確にこの七味の特徴を表現していた。しかもインパクトがある。

「黒い七味って何だ?」

『黒七味』を初めて知った人は少なからずそう思うに違いない。

 好奇心で手に取る客は間違いなく増えたはずだ。

 その客たちから『黒七味』の魅力はさらに世間に広まり、やがて原了郭を支える主力商品に育ったのだった。生存戦略は見事に当たったのだ。

「さっきも言ったように、『黒七味』には『御香煎』のように事細かにレシピを書いた巻物があるわけではないんです。おちゃんが作っていた味と香りの記憶を、夫は五感で受け継いだ。だから全部手作りなんです、機械任せにできないから。機械に五感はないって夫はよう言うてますけどね。胡麻を最初に炒るんですけど、相手は植物やから状態が日によって変わるんですよ。水分も油分もみんな違う。火を入れながら、『今日はあかん、油きつい』ってなったら、ちょっと火を弱めるとか。微妙な音と匂いと色の違いで判断しながら、一種類ずつ原料を炒っていくんです。そんなことができるのは夫だけで、だから一子相伝ということなんやろと思います」

 手作りにこだわり続けているのは、何よりもそれが良いものを作る最善の方法だという信念があるからだろう。けれどそれだけでなく、手作りはこの世の他の誰にも真似のできない唯一無二の個性を育む方法でもある。

 京都で老舗と呼ばれるような店は、必ず他のどの店にも真似のできない何かを持っている。そういうものを持たない老舗は存在しない。

 唯一無二の個性が鍵なのだ。

 それがあってはじめて、その存在をこの町に刻むことができる。

 そういうものでなければこの町の人々はほんとうの意味で価値を認めないからだ。一時の流行で繁盛しても、羨まれることはあっても尊敬はされない。

 その反対に、たとえどんなに小さなものであっても、その工夫が真に個性的で周囲からその価値を認められたなら、それは京都の一部と見なされ大切にされる。たとえば『黒七味』がそうであるように、それはそこで暮らす人々の生活の一部となるからだ。

 それは京都の人誰もが『黒七味』を愛好しているという意味ではない。

 祇園に原了郭という店があって、そこで『黒七味』が長年愛され売られているということが、京都を京都たらしめているということを、この町の人が認めるということだ。

 そうなるためには、もちろんある程度の年月を必要とする。長い歳月という試練をくぐり抜けてはじめて、京都の人々はその個性を唯一無二のものと認める。老舗がひとつ潰れるということは、その唯一無二の個性が消えるということであり、京都を構成する何かがひとつ失われることでもある。

 京都はそういう、時間の淘汰に耐えた無数の個性でできている。

 何かを工夫する人と、その工夫を守り受け継ぐ人の日々の営みが、この町を京都たらしめているのだ。

 だからこの町では、手仕事が大切にされる。

 そして二十一世紀になった今も、原了郭の作業場では主人が自ら鍋の前に立ち、今日の胡麻が最良の状態で炒り上がる一瞬を待ち構えている。

 美香さん夫妻は子どもができるのが遅かった。待望の長男がようやく誕生し、近所の人たちが心から祝ってくれた日のことが、美香さんの記憶に深く刻まれている。原了郭に跡継ぎができたことを、町の人たちが我がことのように喜んでくれたのだ。

「『ずっと思ってたんえ。ドキドキしてたわ』というようなことを口々に言われて、とても嬉しかった。口に出しては言わなくても、心配してくれはったんやなあって。京都ではよその店が、他人事ではないんです。自分の店のように、よその店のことを気にするんですね。だから何か間違ったことをすれば、『ちょっと待ちよし』って叱られたりもする。けっこう辛口なんです。今の人は窮屈と感じるかもしれないけど、だから京都は強いんやと思う。うちのような店も、周りがみんなで支えてくれてはるんです」

 辛さは舌の味蕾ではなく痛点で感じるのだそうだ。辛さとは、つまり痛みなのだ。けれどその痛みは、使いようで料理の味を引き立てる。口に甘いものだけでは、いい料理はできない。

 人の世にも似たところがある。

 聞き心地の良い言葉だけでは、ほんとうの意味での人間関係は育たない。京都の町の美しさはヒリッと辛い『黒七味』のような、近所の人の辛口が鍛えたものともいえる。

*   *   *

つづく(次回更新は2018年1月2日です)

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石川拓治『京都・イケズの正体』

イケズ――京都人は排他的で底意地が悪く、何を考えてるかわからないという。腹の底で何を考えているのかわからないのは人間なら誰だって同じなのに、なぜ京都人だけがそう揶揄されるのか。
京都は山に囲まれた狭い盆地に作られた閉鎖的な町だ。そこで発生し、時間の淘汰と外圧に耐えた独自の文化を、京都の人々は工夫し、変化させながら、子々孫々確かな目利きで守り継いできた。その温かくも厳しい目こそが、今なお京文化を育む力であり、よそ者に憧れと劣等感をも抱かせるイケズの根源なのだ。
丹念な取材と考察を重ねて千二百年の伝統「イケズ」の正体を解き明かすと、均一化して活力を失った現代日本再生の鍵までもが見えてきた!