イケズ――京都人は排他的で底意地が悪く、何を考えてるかわからないという。腹の底で何を考えているのかわからないのは誰だって同じなのに、なぜ京都人だけがそう揶揄されるのか。丁寧な取材と考察を重ねて、京文化の伝統「イケズ」の秘密に迫った幻冬舎新書『京都・イケズの正体』を全5回で試し読み!

(写真:iStock/SeanPavonePhoto)

なぜ彼らは山椒を「偏愛」するのか

 欧米からの旅行者が成田空港に降りると醤油の匂いがするという話がある。

 欧米人の旅行者に直接聞いたわけではないから、あくまでも伝聞だ。しかし、その話を初めて聞いたとき、私は思わずシャツの襟(えり)を鼻先に寄せて自分の匂いを嗅いだ。

 なるほどなあと思ったからだ。

 確かに私は、毎食のようになんらかの形で醤油を口にしている。毎食どころか一食の献立の中に、醤油を使った料理がいくつも重なっていてもぜんぜん気にしない。まるで空気を呼吸するごとく、醤油を摂取している。

 けれど考えてみれば、世界各国の料理にはそういう傾向がだいたいある。

 たとえばイタリア料理におけるオリーブオイルとトマト、ドイツ料理のジャガイモ、フランス料理のバター、韓国料理のトウガラシとニンニク……。

 つまり、特定の食材や調味料への偏愛だ。

 面白いことに、本人たちはその偏愛をほとんど意識していない。

 ところが、よそから来た人間はすぐに気づく。成田空港の空気の中に、醤油の匂いを嗅ぎつけるように。

「うわっ。日本の料理ってみんな醤油味なんじゃないの?」

 実際は何もかもが醤油で味付けされているわけではないのだけれど……。

 京都にもそういう偏愛がある。

 言うまでもない。

 山椒(さんしょう)だ。

 

 東京でも山椒を食べないわけではない。

 春の筍に木の芽はつきものだし、鰻(うなぎ)の蒲焼きと泥鰌(どじょう)鍋にも山椒は欠かせない。けれど、普通はまあそんなものだ。あとはせいぜい、麻婆豆腐に花椒(ほわじゃん)という中国産の山椒を使うくらい。家庭料理における山椒の出番は、年に数回というところだ。だから東京の一般家庭では、山椒粉はあってもたいがい賞味期限切れで香りも抜けていたりする。

 山椒は五月に実をつける。東京でも郊外の雑木林や、武蔵野の面影を残した樹木の多い公園ではその時期になると、びっしりと実をつけた山椒の木を見かけることがあるが、誰も見向きもしない。それが山椒の実であることさえ知らない人もいる。

 京都なら考えられないことだ。

 その時期になると八百屋の店先には、淡緑色の山椒の実が笊(ざる)に山盛りになって並ぶ。小枝から山椒の実を外すのはけっこう手間がかかるのだけれど、夜なべ仕事でせっせと外して醤油で煮たり、さっと茹でて冷凍して保存する。

 そしてその保存した山椒の実を、さまざまな料理に入れる。成田空港に降りた外国人じゃないけれど、京都ではあらゆる料理に山椒が入っていると信じている東京人も少なくない、と思う。もちろん実だけでなく、春先の名物に、ちょっと驚くくらいの量の山盛りの木の芽や花山椒を投入した山椒鍋やすき焼きがある。

 もっと手軽に使える山椒の粉は、ありとあらゆるものにかける。

 うどん、蕎麦に親子丼はもとより、牛丼にも天丼にもカツ丼にも山椒粉をかける。牛肉にも豚肉にも鶏肉にも鴨肉にも、タコにもかける。湯豆腐はもちろん、すき焼きにも寄せ鍋にも、野菜炒めにも味噌汁にもサラダにも……。

 料理だけでなく、山椒を練り込んだ饅頭(まんじゅう)もあれば餅もある。

 よく飽きないものだと呆れるくらい、彼らは山椒をよく使う。

 けれど不思議なもので、京都にしばらく滞在してそういう山椒の集中攻撃を受けているうちに、いつの間にか洗脳される……というか、山椒の香りとあのぴりぴりとした刺激がじわじわと味覚の根っこに染み込んでしまうらしく、気がつけば山椒なしではいられなくなっている自分に気づく。

 

 それにしても、なぜ京都では山椒を多用するのか。

 京都の料理は薄味なので、山椒の爽やかな刺激が合うのだと説明されることがある。

 そういう面はあるかもしれない。

 確かに山椒の辛味は爽やかだ。

 山椒は柑橘(かんきつ)類だ。山椒の実に目を近づけると、その淡緑色の小さな球体の表面にはぽつぽつとくぼみがある。山椒の実は蜜柑(みかん)や柚子の仲間なのだ。あの辛いというよりはひりひりとする刺激は、熟す前の青い柑橘の刺激的な酸味に通じる。

 この柑橘類の木は、日本列島のどこにでも自生している。縄文時代の遺跡からも山椒は発見されているし、『魏志倭人伝』にも倭の国には山椒が自生しているという記述がある。

『古事記』には、山椒は波志加美つまりハジカミと書かれている。ハジカミといえば現代では芽生姜の酢漬けのことだけれど、それは奈良時代に日本で生姜の栽培が始まったときに生姜もハジカミと呼んだことに始まるらしい。

 生姜をハジカミと呼んだのは、つまり当時の日本で香辛料的役割を担っていたのがほぼ山椒だけだったことを意味している。他にもそういう役割をする香辛料があったら、区別するために別の呼称を用いたはずだからだ。香辛料が山椒だけだったから、ハジカミという山椒の呼称が生姜という外来の香辛料にも使われたのだ。実際にこの時代までの日本人が魚や肉の調味に使っていたのは、ほぼ山椒と塩のみだったと主張する専門家もいる。

 山椒は日本の万能香辛料だったのだ。

 その痕跡は今も日本のあちらこちらに残っている。

 山椒を練り込んだ山椒餅は高知県をはじめ全国にあるし、粳(うるち)米から作った上新粉に砂糖と山椒を練り込んだ切山椒は今も東京の酉(とり)の市(いち)の名物だ。確かに関東地方の一般家庭では筍と鰻と泥鰌くらいにしか使わないけれど、関西から西の地域には山椒を使った郷土料理がけっこう残っている。

 だからこれは京都の人が山椒を偏愛しているという話ではなくて、他の地域では昔ほどには山椒を使わなくなったということなのかもしれない。

 もっとも仮にそうだとしても、それではなぜ京都にだけ太古の日本人の山椒への偏愛が色濃く残っているのかという疑問は残る。広く流布している京都のイメージに反して、京都の「味」は山椒もそうだし京番茶にしてもそうだけれど、実はけっこう刺激的だったり癖があったりする。

 これはよくいわれていることだけれど、三方を山に囲まれた京都は典型的な内陸性盆地気候で、夏は湿度が高くて「うだるように」暑く、冬は放射冷却による「底冷え」で厳しい寒さに見舞われる。たとえばインドでは極端に辛いものと極端に甘いものが好まれるのと同じように、そういう味覚上の嗜好は京都のこの極端な暑さと寒さに関係しているのかもしれない。夏の町家の廊下で拭き掃除をしていると、周囲の音が聞こえなくなるくらいに暑いという話を聞いたことがある。

 京都の薄味も、薄ぼんやりした味という意味ではない。出汁もしっかり引くし、塩味だって利かせるところにはしっかり利かせる。

 ただ余分な味付けはしないというだけのことだ。京都の一流の料理店のお椀が薄味なのは事実だが、それは人の味覚の限界みたいなところを狙っているのだ。人が何をおいしいと感じるかの問題には、一筋縄ではいかない難しさがある。旨味が強ければ、それだけおいしく感じるというわけではない。濃い味は口に入れた最初の衝撃は強いけれど、次第にくどく感じるようになる。一椀の吸い物を最後までおいしく飲ませるために、旨味を極限まで控える。そのための薄味であり、そこには人間の感覚というものに対する深い理解があるわけだけれど、そのことについては前の章で述べた通りだ。

 とにかくそういうわけで、よその土地から来た人間にとって、京都の料理はある意味ではとても刺激的で、だから一度虜になるとやみつきになる。

 山椒もまさにそうで、私も京都で山椒にはまってしまった若い頃、東京に戻った途端に山椒が恋しくなった。東京のスーパーにだって山椒粉は売っているから、それを買ってきていろんなものにかけていたのだが何かが違う、何かが物足りない……。

 その「黒いの」に出会ったのはそういうときだった。

 文字通り真っ黒な調味料だ。

*   *   *

つづく(次回更新は12月29日です)

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石川拓治『京都・イケズの正体』

イケズ――京都人は排他的で底意地が悪く、何を考えてるかわからないという。腹の底で何を考えているのかわからないのは人間なら誰だって同じなのに、なぜ京都人だけがそう揶揄されるのか。
京都は山に囲まれた狭い盆地に作られた閉鎖的な町だ。そこで発生し、時間の淘汰と外圧に耐えた独自の文化を、京都の人々は工夫し、変化させながら、子々孫々確かな目利きで守り継いできた。その温かくも厳しい目こそが、今なお京文化を育む力であり、よそ者に憧れと劣等感をも抱かせるイケズの根源なのだ。
丹念な取材と考察を重ねて千二百年の伝統「イケズ」の正体を解き明かすと、均一化して活力を失った現代日本再生の鍵までもが見えてきた!