戌年が始まりました。

 我が家にも、一頭の犬がおります。
 7歳8ヶ月の雄のゴールデン・レトリーヴァーです。
 生後60日で我が家に貰われて来た時の姿が、まるで、テディ・ベアのぬいぐるみのようだったことから、私のパートナーが、くま、と名付けました。

 くまは、とても楽天的で、人間のことが大好きです。
 単に好き、というだけではなく、人間のために何かをしてあげたい、と彼は、常に考えているようです。

 ゴールデン・レトリーヴァーという犬は、元々、イギリスで鴨猟のために作られた猟犬です。
 愛玩のために作られた犬種ではないので、人に可愛がって欲しい、という欲求よりは、人のために尽くしたい、という欲求を強く持っているところに、使役犬らしい資質を感じます。

 来客の予定があるのを察知すると、彼は玄関先に陣取り、お客様が来るまで、ずっと待っています。
 ドアが開くと、一番に出て行って、迎えます。
 そして、お客様がいらっしゃる間は、ずっとその傍らに横たわり、寄り添います。
 お帰りの際は、エレベータ前までお見送りいたします。
 お客様が帰ってしまわれると、やっとリラックスしたように、自分の好きな場所に行って、寝そべり、寛ぐのです。

 どうやら、東京育ちで、鴨猟に出たことがない彼は、自分の職掌を、お客様をおもてなしする仕事だと理解しているかのようで、その献身ぶりを見ていると、すこし可笑しくなるくらいです。

 以前、よいゴールデン・レトリーヴァーの条件、について書かれた文章を読んだことがございます。

 優れたゴールデン・レトリーヴァーというのは、姿かたちやプロポーションが秀でている、とか、障害競技をうまくこなす、ということではない、とその方は書かれていました。

 優秀なゴールデン・レトリーヴァーというのは、真冬の沼地で、飼い主が撃ち落とした二羽目の鴨をピックアップするために、嬉々として水の中に飛び込んで行くことが出来る犬、なのだそうです。
 一羽目の鴨を拾いに行く(レトリーヴする)のは、最初の興奮があるので、比較的、たやすいけれど、沼に飛び込み、厳寒の冷たい水に全身を浸し、濡れそぼった後、もう一度、飼い主のために同じことをする状況が生じた時、それを喜んで、再びこなせる犬でなければならない、というのです。

 くまの底抜けの明るさや、屈託のなさ、サービス精神の豊かさ、などを見ていると、この犬種は、そういった特質を強く持った血統を掛け合わせ、人間のパートナーとして、作り上げられて来た犬だということがわかる気がいたします。

 くまは現在、人間に置き換えてみると、齢50歳を越えている計算になります。

 左目には白内障の症状が出て来ており、多分、視界がもうぼやけてしまっているはずです。
 昨年の秋には、腹部にしこりが発見され、生体検査を受けたところ、悪性の腫瘍でした。幸い、切除手術で腫瘍をきれいに取り去ることが出来て、周辺組織への浸潤・転移なども見られないため、一応の完治と診断されました。とはいえ、別の部位に再発する可能性は残っており、注意を要すると言われています。

 犬も人間と同じで、老境に差し掛かると、体のあちらこちらに不具合が生じてくるものなのだそうです。

 老いを迎えつつある私も、一昨年、白内障の手術を受けました。
 両眼の水晶体を抜き取り、代替レンズを挿入したのです。日帰りの簡単な手術で、視界が驚くほどクリアになり、見えない時と比べ、気持ちまですっと明るくなりました。

 白内障で目が見えない憂鬱を経験している私は、くまにも同じ手術を受けさせてあげたい、と思うのですが、残念ながら、犬の白内障手術は、あまり行われていないようです。 
 犬は視覚以外の知覚に優れており、視力の低下を他の能力でカバーするので、あまり嘆くことはない、という人もおりますが、それでも家族としてみると、愛犬が視力を失って行くというのは悲しいことです。

 二年前に仕事を辞めてから、基本、家で過ごす私と、くまは、大抵いつも、一緒にいます。
 私が家の中を移動すると、くまは後をついて来て、私が視界に入り、かつ適度に距離を保った場所を選んで、寝そべり、うたた寝をしています。時々、薄目を開けて、私の様子を伺い、何もないことを確認して、また長閑な眠りへと戻って行きます。

 穏やかで幸せな時間を、私とくまは共有し、毎日を暮らしております。

 老いを迎えつつあるという点でも、人生にとりたてて追いかけるべきほどの何かを持たないという点でも、私たちは似ています。

 今、与えられているすべてに感謝し、小さなあれこれをできる限りエンジョイしながら、基本、ハッピーに生きて行く、ということを私は、くまから教わったような気がいたします。

 私たちが寄り添って生きていける時間は、あとどれくらい残されているのでしょう。

 一日一日、過ぎ去って行く一瞬を、共に大切に過ごして行きたいと思うのです。

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