囲碁で2度の七冠独占を果たした井山裕太さんに国民栄誉賞が授与されました。
家族の励ましや師匠のアドバイスに勇気づけられ、強敵たちとの全身全霊を懸けた闘いで一喜一憂しながら、自分の碁を育ててきたと語る井山さん。囲碁に関する考えや辿ってきた足跡を、井山裕太さんの初めての著書『勝ちきる頭脳』より紹介します。

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 囲碁を知らない人とお会いして、僕が「囲碁棋士です」と自己紹介した時、最も多い反応の一つが「ほう、囲碁ですか。私もやってみたいと思ったことはあるのですが、記憶力が良くないので……」というものです。

 おそらく、日曜昼のNHK杯トーナメントをちらりと観たことがあり、局後検討のシーンで対局者が初手から並べ直しているのを目撃したのかもしれません。それで「二〇〇手ほども憶えているなんてすごい」と驚き、「記憶力が……」という言葉になったのだと思います。

 しかし、囲碁と記憶力は基本的に関係ありません。自分の対局手順を憶えているのですから、大別すれば「記憶」の範疇に入るのかもしれませんが「暗記」でないことは確かなことで、憶えようとして憶えているわけではないのです。

 僕はスポーツ観戦が好きで、プロ野球やメジャーリーグの中継をよく観るのですが、選手は得点経過やその得点が入った経緯、ピッチャーであれば投球の内容や組み立てを一球一球じつによく憶えています。僕などはあれを見て、「よく一球一打を憶えていられるものだ」とものすごく感心してしまうのですが、囲碁もこれとまったく同じことだと思っていただければいいでしょう。

 つまりは一球一打、一手一手に「ストーリーがある」からこそ、憶えていられるのです。自分がこう打ったから相手がこう来て、それに対し自分はこう考えてああ打った、という具合に──。すべての一手一手に流れがあり、棋士はその流れを憶えているのです。

 ですから、ストーリーのない碁は、いくらプロ棋士でも憶えることができません。失礼ながら、まったくの初心者が打った碁には流れもストーリーもありませんから、その碁の十分の一も憶えることができないのです。

 その意味で言えば、僕は院生時代の初期である小学校三、四年生時、院生手合を終えて帰宅してから、自分の打った碁を棋譜に記録していたのですが、あまり憶えておらず、うまく記録することができませんでした。当時はそれを「こんなものかな」と、当たり前のように思っていたのですが、今になって考えると、これはけっこう問題だったのではないかと思えてくるのです。

 というのも、自分の対局手順を憶えていないということは「着手に必然性がなく、軽い気持ちで打っていた」ことになるからです。つまりはストーリーがなく、その時々で場当たり的に打っていた証明と言えるでしょう。

 そもそも棋譜付けというのは、それほど高い棋力を必要としません。棋力が高いに越したことはありませんが、基本的にアマチュア初段ほどの力があれば、二〇〇手近くまで憶えていることは可能でしょう。院生時代初期の僕の棋力はアマチュア六段くらいはあったはずなので、棋譜付けする能力自体があったことは間違いありません。

 それにもかかわらず、うまく記録できなかったのですから、院生初期の頃の僕は、何も考えていなかったということです。その場その場で反射的に、第一感で浮かんだ手を打っていただけで、そこにはストーリーや必然性がなかったことに他なりません。

 つまり僕は、記憶力が優れていたから囲碁が強くなったわけではないのです。これから囲碁を始めようかと考えておられる皆さん、記憶力に関係なく上達できますので、何も心配せずにこの素晴らしい世界に飛び込んできてください。

羽生善治さんの応用力

 
 続いてもう一つ、囲碁をご存じない方々が陥りがちな誤解を解いておこうと思います。

 それは「囲碁は頭の良い人がやるもの」という思い込みです。

 この話をすると、そもそも頭の良し悪しとは何かという定義付けが焦点となってくるのですが、一般的に言われている「学業の成績」は、まったく囲碁と関係ありません。これは断言できます。

 まず自分のことを例として挙げますが、小学校時代、僕は特に勉強ができたということはなく、ごくごく普通の成績でした。そして中学校入学と同時にプロ棋士になったので、学校を休むことも多くなり、やがて勉強にはついていけなくなりました。

 囲碁で必要なのは、学業的な能力ではないのです。求められているのは、ある局面を見て「あ、以前に似た局面があったな」とか「こういう形の時は、ここが急所であることが多い」などと察知する能力──応用力とか適応力であり、刺激的な表現をすれば「嗅覚」と言ってもいいかもしれません。

 この応用力について考える時、僕はいつも将棋の羽生善治さんを思い浮かべます。

 雑誌などの対談でよくご一緒させていただくのですが、お話をすれば必ず勉強になることばかりで、学業的な頭の良さではなく「真の意味で頭がいい」とは、こういう人のことを言うのでしょう。

 まず羽生さんの根本として、知識の幅がものすごく広いということがあります。そしてこの豊富な知識を土台にして、将棋のことを説明する時などでも、じつに的確な例えがすらすらと出てくるのです。なるほど、こういうふうに話せば将棋を知らない人でも理解しやすいと感じます。

 囲碁や将棋に必要なのは、こうした能力だと思うのです。どちらも未知の世界にどんどん入っていきますので、そういう時に自分の知識や過去の経験を基に適応し、自分の世界を切り拓いていく。以前に経験したことを同じ局面ではなくても活用し、自分が持っているものをヒントとして対処していく──これができる人は強いですし、これができないと、勝負の世界で勝ち続けていくことはできません。

 その意味では記憶力も、自分の経験と知識のストックとして、ある程度は必要なのでしょう。しかしそれはあくまでも「あるに越したことはない」というレベルであって、本当に大事なのはその経験や知識を「いかに活用するか」です。

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