囲碁で2度の七冠独占を果たした井山裕太さんの国民栄誉賞が決定致しました。
家族の励ましや師匠のアドバイスに勇気づけられ、強敵たちとの全身全霊を懸けた闘いで一喜一憂しながら、自分の碁を育ててきたと語る井山さん。囲碁に関する考えや辿ってきた足跡を、初めての著書『勝ちきる頭脳』より紹介します。

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 僕にとって人生の恩師である石井邦生先生は、基本的には優しい先生です。でも僕がまずい手を打つとビシッと厳しく言われる(今はほとんど言われなくなりましたが……)ので、小学校当時の僕にとっては、けっこう恐かった印象がありました。

 その石井先生に、僕は主にインターネット対局を通じて指導を受けたのですが、後年になって先生は「対面しての対局ではなくインターネットであったことが、井山の碁に良い影響を与えたのかもしれない」という主旨のことをおっしゃっています。

 どういうことかといいますと、僕の碁は現在「自由で奔放」とか「常識にとらわれていない」という評価をいただいており、自分でも打ちたいと思った手を打つように心掛けているのですが、この芽生えが石井先生とのインターネット対局にあったのではないかということなのです。

 もし対面対局だったら、当然碁盤の向こう側に先生がおられるわけですから、対局中にどうしても、先生の顔色を(うかが)ってしまっていたでしょう。実際、対面で指導していただいた時には「本当はこう打ちたいのだけれど、常識とされている手とは違うから、怒られてしまうかな……」という気持ちが働いていました。すべてを見透かされているような気もしていて、(おび)えながら打っていたようにも思い出されます。

 しかしインターネット対局ならば、見えるのはあくまで画面ですから、先生の顔色を窺う必要がありません。ゆえに打ちたい手を打つことができ、それが僕の「独創的で常識にとらわれない考え方」の下地になったのではないかと、先生はおっしゃっているのです。

 確かにそれはあったかもしれません。ただ今になって、はっきりわかることが一つあります。僕にとって最も大きかったことは、先生が基本的に「元気よく打ちなさい。伸び伸びと打ちなさい」という方針で育ててくださったことです。インターネット対局であったこともプラスに働いたのでしょうが、先生の教育方針こそが、僕の碁の核となるものを生んだのだと思っています。

 インターネットで対局したのち、先生から電話がかかってきて、打ったばかりの碁について講評していただくのですが、当時の僕はまだ小学校低学年だったので、祖父が電話に出て話を聞き、それを僕に伝えるというスタイルでした。そのなかで、不注意による単純なミスについては叱られたものの、僕が自分なりに考えた手については、それが先生の目から見れば悪手であっても、きつく指摘された記憶はありません。

 先生のこの方針は、僕が院生になってからも一貫していました。院生の頃はインターネット対局で教えていただく機会も減ってきていて、院生の手合で打った碁の棋譜に自分なりの感想や質問を書き添え、先生のお宅に郵送していたのです。

 これに対し、先生も講評やアドバイスを書いて送り返す──こういうことがずっと続いていたのですが、この「時間をおいて自分で考え、それに対して講評を受ける」という環境も、僕にとっては非常に良かったように思います。

 もし、院生手合を打った直後に先生から講評を受けていたら、先生に言われたことがすべてになってしまい、鵜呑(うの)みにしていたのではと思います。対局後に自分で棋譜をつけて、自分なりに振り返る時間があったことが自分の碁についてじっくり整理し、深く考える習慣に繋がったのでした。

 棋譜をつけるにしても、現在ならパソコンで簡単に入力して印刷できますが、当時は当然、手書きでした。この手書きというのも一局の碁をじっくり振り返ることですから、自分の着手について何度も考察を巡らすことができる。石井先生はおそらく、こうした効果も狙って、手紙でのやり取りという指導方法を選択なさったに違いありません。

 そもそも石井先生からしたら、棋譜を見るだけで、僕が対局中に考えていたことや対局以外の勉強度合いなども一目瞭然、すべてお見通しなのです。これも院生時代のことですが、一度「裕太くんは最近ちょっと、詰碁(読みを鍛える問題)の勉強をしていないんじゃないかな? 負けて涙を流しているだけじゃ、強くなれないんだよ」という旨のお叱りを受けたことがありました。

 じつは先生から、詰碁の本を何冊もいただいていたのですが、ほとんど取り組んでいなかったどころか、その本を開いたこともないくらいの状態だったのです。それを完全に「君の碁の力からして、読みの能力の部分が明らかに弱い」と見透かされてしまいました。この点に関しては、当時の院生師範だった後藤俊午(しゅんご)先生(九段)からも言われていました。僕はそれまで読みの力を鍛えることを一切しておらず、実戦一辺倒で強くなっていたのです。

 読みというのは、囲碁において基礎中の基礎です。建物と一緒で、土台の部分がしっかりしていないと、その上に何かを積み上げていこうとしても、強靭(きょうじん)な碁の強さを構築していくことはできません。

 ですから、読みの能力の構築は年齢が低い時ほど大事で、早い時期に大きくてしっかりした土台を築いておけばおくほど「碁の基礎筋力」が養われます。そして、この基礎筋力の大きさが将来の可能性を広げてくれることになり、そのための鍛錬法が「詰碁をたくさん解いて、読みの能力を高めること」なのです。

 その意味で僕は、詰碁に取り組むのがかなり遅かったと言わざるをえません。通常、プロ棋士を目指す人は、院生になる前から取り組んでいますから……。

 僕はいま二七歳ですが、これからどんなに詰碁をやっても、ほとんど読みの能力が向上することはありません。基礎筋力の強化は、年齢が低い時だけの特権なのです。

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