その日の夜は、この連載の担当編集者キクチさんにお誘いいただき、新宿で行われる、とある落語会に伺うことになっていました。
 キクチさんは、ひとり暮しと登山の先輩。人生のなかで疲れたことと体が冷えたことがない、というスーパーウーマンです。
 せっかく新宿に出るのだから。貧乏性ゆえ、ついでをつくりたくなる私。
 オッケー、私の頭の中にあるグーグル。新宿といえば? 
 脳内検索の結果、思い浮かんだのは、東京都庁。

 15年も東京に暮していながら、一度も足を踏み入れたことがないのです。ふたつの、のっぽのビル、くらいの認識しかありません。
 キーボードをピコピコ打ってグーグル先生に尋ねてみると、都庁の展望台は無料でのぼれるうえに、「都庁展望室日本全国物産展」なるものを開催中。ロゴには、南部鉄器やだるまやこけしがあしらわれています。
 全国の物産が集結、ということは、高知県の土産物屋を探し回っても見つからなかった、木彫りの鯨に車輪のついた「鯨車」があるかもしれない。
 よし、いってみよう。

 新宿駅西口から、徒歩約10分、都庁到着。空に向かってむーんと建っています。ほほう、ここが小池百合子さんの職場。エレベーターにのり、地上202メートルの展望室まで、むーん。
 景色には期待していませんでした。私はずっと天候に恵まれない人生を歩んできたのです。案の定、西日と薄曇りにより、もやっとしています。いいのいいの、私が用があるのは、物産ですから。

 物産展、ありました。どれどれ。ええと、うどん、サイダー、まんじゅう、かりんとう、ゆべし、ボーロ、ラングドシャ……。主戦力は、食品でした。かろうじて、群馬のだるまと福島の赤べこが、ちょこん。鯨車には、またもや会えず。

 唯一心が躍ったのは、「五平餅」との出会い。否、再会。
 私は愛知の生まれです。甘辛味噌がぬりたくられた平べったいその餅が、こどものころから大好きでした。岐阜県の郷土料理だったのね。
 パネルでわざわざ紹介されていた「五平餅」の誕生話。タイトルは「なんとなくできちゃった」。郷土料理って、全般的にそうなんじゃないでしょうか。名前の由来は、“ 五平さんがつくったという説がある ” 。まあ、そうなんでしょう、たぶん。
 なんとなくつくってくれた五平さんに感謝して、展望台をあとにしました。

 地上に降りたち、小腹がすいた私は、店名にひかれて1階のレストランへ。その名も「都庁議事堂レストラン」。
 小池百合子さんもいらっしゃるのでしょうか。「百合子のグリーンカレー」とか「百合子のきまぐれグリーンサラダ」とかあるのでしょうか。
 わくわくと入ると、そこは、麺類、丼もの、定食がそろう、ふつうのレストランでした。名物は、イカリングを2本の棒に通してこれでもかと積み上げた「都庁フライタワー」だそうですが、昼間にひとりで食べるものではありません。
 「特製カレー」580円を注文。具のない、サラサラの食堂カレー。おいしいけれど、せめてグリーンピースくらいのっけてくれてもいいじゃないの、百合子さん。
 カレーで小腹をジャストに満たし、サービスのコーヒーをいただいて都庁満喫。

 落語会でハハハと笑ったあとは、小さな飲み屋が軒を連ねる「ゴールデン街」に繰り出そうという計画です。そこにキクチさんからナイスな情報が。「花園神社で酉の市やってますよ」。それ、いきたかったやつー! 
 縁起物の熊手を売る市。熊手は、毎年ひと回りずつ大きくする、という風習があると聞き、絶対に買うまいと思っているのです。ひとり暮しの部屋には確実にじゃまだし、ほこりもたまりそうだし。だけど酉の市には、一度行ってみたかったのです。

 関東三大酉の市のひとつである花園神社は、大量の屋台、大量の熊手、人、人、人!  
 ずらり並ぶきらびやかな熊手は、よくよく見ると店ごとに微妙にデザインが違います。七福神がのってたり、招き猫がのってたり、ししまいがのってたり、全部のってたり。神様過剰。神社ごと天に召されてしまいそうなトリップ感。
 
 そんな花園神社の横っちょにあるゴールデン街は、ふたりとも、ほとんどなじみのない場所。いきあたりばったりに来てはみたけれど、あまりにもお店が多すぎて、どこへ入ればいいのやら。
 途方に暮れかけたので、落語会の待ち合わせ前、かすかに検索して出てきた「レモンサワー専門店」を目指すことにしました。レモンサワーなら、大好きだし、なんか安心。

 グーグル先生に案内され、「ここだ」と言う場所に到着したのですが、あれれ、壁? 木の扉?? 閉まってる??? よくよく見ますと、足元の小さな板っきれに「OPEN」とあり、もっともっと小さく「レモンサワー」と書いてあります。
 えいやっとドアをあけると立ち飲みカウンターには人がいっぱい。ぎりぎり2人分のスペースにすべりこみました。2階まで吹き抜けの壁一面には、本がぎっしり。作家のお孫さんが蔵書を譲り受けたとか。

 キャッシュオンで注文し、乾杯。さすが専門店だけあって、とてもおいしいレモンサワーです。
 けれど、しだいに、アウェイ感。なんでしょう。レモンサワーも本も好きなのに。原因をさぐっていくと、それは「おしゃれ」でした。
 店員さんも、お客さんも、みんな若くて個性的でおしゃれなのです。飲んでいる間にもナチュラルにおしゃれな若者たちが押し寄せてきたので、一杯で退散。

 静かなところにいきましょう。
 酉の市の人混みをかきわけて、寄席「末廣亭」のある新宿3丁目界隈にトコトコと。落ち着きます。地下にある「ビストロブルー」に腰をおろし、ワインを飲んで、ふぅ。
 ここは、ハンターから直送するエゾ鹿のお肉が食べられるお店。こんな都会で、獣肉。ありがたく、おいしくいただきました。

 47都道府県の物産、カレー、熊手、レモンサワー、獣肉。新宿で、欲深い1日をすごしました。

*きょうの昭和* 花園神社、酉の市の屋台の看板。ギンナンは、こどものオネショに良くきくんですって。シラナカッタ。

*きょうのごはん*東京都庁にある「都庁議事堂レストラン」の特製カレー。カレー以上でもカレー以下でもない、まごうことなきカレー。

この記事をシェア
この連載のすべての記事を見る

★がついた記事は無料会員限定

山田マチ『ひとり暮しの手帖』

これは、ひとり暮しの山田の手帖です。

実家をはなれて、およそ20年。
これまでも、きっとこれからも、ひとり暮し。
ここには、ひとり暮しのいろいろなことを書きつけます。
このなかのどれかひとつくらいは、あなたの心に届くかもしれない。
いや、ぜんぜん届かないかもしれない。
そんなふうな、
これは、ひとり暮しの山田の手帖です。