エッセイスト・石黒由紀子さんちの「コウハイ」と、シンガーソングライター・山田稔明さんちの「ポチ実」。SNSで繋がっていた(?)二匹が、初対面しました。


 チミママを見送り、山田家のリビングにいる猫と人は虚脱。素晴らしい舞台やライブのあとの高揚にも似た痺れと、密な空気から解き放たれた安堵のようなものにポ~~ッとなっている。淹れていただいたお茶がおいしく「はぁ~」と湯気のようなため息を何度もついた私。
 普通ならここで気を取り直し、お互いの仕事のことなどを大人っぽく語り合ったりするのかな。しかし、ここに集っているのは、猫好きな、ほぼ猫のことしか考えていない人と、猫。パチリ、パチリと写真を撮りつつ互いの猫のことを語り、猫についての情報交換。その間、ポチ実ちゃんは、怪しい人と猫の輪から抜けようと、そーっとキッチンの奥に向かって歩き出すも山田さんに見つかり、逃亡失敗……。

「コウハイは?」見ると、動きのあったチミちゃんを背後からぼんやり眺めていました。追いかけるのかな、そう思ったけれど動く気配はなく、どこか虚ろな感じで私に目で言うのです「あのさ、あの、さっきのね、あれ、なにかな。あの、山田さん? て人がくれたやつ。すごくおいしかったんだけど……」。あぁ、あれね。あれはCIAOちゅーるという媚薬らしいよ(怪しいものは入っていないそうです。山田さん談)。
 さっき、猫たちがリラックスするようにと、山田さんがちゅーるをふるまってくれたのです。直接、山田さんの手から食べさせてもらい、はじめの一口目のとき、コウハイは目を見開き「ん? んん!」という表情をしたのでした。
 おいしかった? やっぱり? 実はコウハイ、ちゅーる初体験。ころりとやられた模様。「あのさ、ここんちの子になったらさ、いつももらえるのかな、あのおいしいやつ……」。山田家にお邪魔して、恋に落ちたのは、ポチ実ちゃんにではなく、ちゅーる。もしかしたら、ちゅーるをくれた山田さん……?

「庭に出てみますか?」山田さんからの提案に、私はコウハイにリードをつけて抱き上げ外に出ました。この庭はチミちゃんにとっては、日々親しんでいる楽しい場所。庭用のロングリードを付けられて、ポチ実ちゃんはスイスイと枝を登ったり、遠くの芝の匂いを嗅いだり。家の中で静かに丸くなっていたチミちゃんは、儚げで繊細なかわいらしさがすてきだったけれど、庭を闊歩するチミちゃんはとても伸びやか、堂々として躍動感に輝いていました。

「なんてすてき! これならリラックスしたチミちゃんのほうからコウパイを遊びに誘ってくれるかも!」そう期待したけれど、コウハイは急に怖じ気づいて私の肩に。あんなに威勢よくしていたのに、結局ヘタレな姿をお見せする展開となりました。これではどう甘く見積もっても「コウハイくん、かっこいい!」なんてポチ実ちゃんが思うはずもなく、「弱虫な食いしん坊おじさん」と失望されても仕方なし。あーあ。

 ポチ実ちゃんの庭も夕暮れとなり、そろそろおいとまする時間となりました。名残惜しいけれど、これ以上長居をするとチミちゃんのストレスにもなりかねない。「ポチ実ちゃん、いつもの静かな日常を壊してごめんね。でもね、チミちゃんに会えて嬉しかったよ。楽しかったよ。ありがとう、ありがとう。また、いつか会えたらいいな」。クルマを走らせながら、遠くなる山田家に向かって心の中で呟きました。

 ♪ 今日も日が暮れて 名前のないボクたちは~、帰り道もクルマの中では山田さんのCD。山田家にお邪魔し、ポチ実ちゃんに会ったことで、山田さんの曲がより立体的に感じられ、すーっと染み込んできます。山田さんの声に合わせるようにコウハイもミャオミャオとおしゃべり。

 家に帰ったら、コウハイは留守番のセンパイに自慢していました「今日ねー、チミちゃんっていう子に会ったんだー。目が丸くて小さいんだけど、外に出ると走ったりしてかっこいいんだー。でね、すごくおいしいのも食べたんだー。猫町っていいとこだったよー」。
 チミちゃんとコウハイの距離はあまり縮まらなかったけど、おだやかな猫町の空気に包まれ心地よい午後を過ごすことができました。コウハイは(それなりに)楽しかったみたい。チミちゃんにとってもいい思い出になるといいな。

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石黒由紀子・文/ミロコマチコ・絵『猫は、うれしかったことしか覚えていない』

ありがとう、猫たち。
今を生きることを教えてくれて。
「センパイコウハイ」シリーズのエッセイストと、『ねこまみれ帳』の画家による、くすっと笑えて、しみじみ沁みる、猫のはなし。