みなさん、こんにちは。エモカワイイカルチャーを発信する企業COMPLExxxの取締役 横塚まよです。この連載では、弊社のエモカワライターの「はぎー」と、女の子が抱える複雑な感情を「エモい」というキーワードと共に読み解いていきます。

さて前回は、「エモい」という言葉の誕生と、その進化と拡がりについて考察してみました。私たちの結論は「エモいとは、言葉にし難いけれど、誰かと感情を共有したいときに使うツール」でしたね。そして今回考察するのは“世代によって変わる「エモい」”。

前回は、過去から現在に至るまでの時間軸で「エモい」を考えてきました。今回は現在で切り取ったときの、女の子の「エモい」の使い方や感じ方を、世代別の変化をから見ていこうというわけです。

10代の女の子と、20代の女の子には、どんな差があるのでしょうか。

10代女子は「エモい」を使わないのはなぜ?

10代の女の子の70%弱が「エモい」という言葉をあまり使わない、使ったことないという意外なデータがあります。こちらは、2017年8月14日の「日経MJ」1面に掲載された、516人の10-20代男女に調査したうち、10代65人の回答を切り出したもの。こちらをみると「エモい」という言葉をよく使っているのはたった8%のみです。

新しい文化や言葉は若者から生まれる印象がありますが、「エモい」は少し違うようです。なぜなのでしょう?

それは経験の差によるものではないか、と私たちは考えています。「エモい」とは、言葉にし難い複雑な感情を抱いている状態や事象を主に指します。

この複雑な感情の中身を覗いてみると、「悲しいけど、気持ちいい」「切ないけど、愛おしい」という感情の掛け合わせ。もっと直接的な言葉を挙げると、「どこか切ない」「どこか懐かしい」という言葉です。

つまり、1つの出来事や物事に対して複数の感情が動くことになります。その感情たちは、互いに正反対に位置することもあります。そのような感情を抱くには、ある程度のさまざまな経験のストックが必要になります

なぜ10代の女の子が「エモい」を使わないのか、に立ち返ると「経験豊富な上の世代に比べて1つの出来事に対する感情の切り口が多くない」からではないかと考えています。ストックしている経験が少ないので、複雑な「エモい」という言葉を使わず、彼女たちは本来であれば上の世代が「エモい」と感じる感情を、「エモい」よりももっと直接的で明確なキーワードで表現するのです。

「エモい」は「青春」に似ている

(写真:iStock.com/[joka2000])

ただ「10代の女の子が『エモい』を使わないこと」と「10代の女の子がエモくない』は、同じではありません。これは「青春」に例えると分かりやすいかもしれません。

みなさんも、学生時代に、恋人にプレゼントを買うために必死にバイトをしたり、部活に毎日明け暮れ引退試合で涙したりと、いわゆる“青春時代”といわれる期間を過ごしてきたと思います。では、その恋人のために必死にバイトしていたとき、いつか引退試合を迎えてしまう部活に一生懸命だったとき、まさにその瞬間「これが青春だ」と感じていたでしょうか。

きっと、少し時間を経て振り返ったときに「あれが青春だったなぁ」「あの頃青春してたなぁ」と実感したはずです。

つまり、青春はその真っただ中でなく、その時代を振り返って “青春時代”と呼ぶのです。

「エモい」も青春と同じです。10代の女の子は、彼氏のことが大好きでずっと仲良くしていたいのに、なぜかやきもちを焼かせて喧嘩を引き起こしたりします。私たちもそうでした。でも、その最中に「いまエモいなあ」なんて考えないわけです。

20代、30代になったときに、10代の頃の自分に対して「彼のこと大好きだったなぁ、楽しかったなぁ」「でも、素直になれなくて苦しかったなぁ」「あんなに好きで一生懸命だったのに、でも終わったんだよなぁ」「今から考えるとあのときはこうすれば」などといろんな感情を抱きます。そして、それを「エモい」と呼びます。

いま渋谷に集まるJKたちを見て、20代半ばの私たちは「エモいなぁ」と感じても、彼女たち自身には自分たちは「エモい」自覚はありません。

「エモい」10代女子と、彼女たちを「エモい」と感じるオトナ女子

つまり、「エモい」も青春も、客観的になれるポジションに立って感じる感情なのかもしれません。当事者でなく、いわば鑑賞者ですね。そして、鑑賞者としての感情のシェアに「エモい」がとても使いやすいワードなのかもしれません。

なんとも表現し難いけど、気持ちを誰かと共有して共感してほしいとき、ありますよね。そのときに伝えたいことは、感情の中身そのものではありません。「とても心が動かされて、感情が混み入っている」ということ自体です。

だから、「エモい」に含まれる意味は、そのときどきや人によって変わります。それは前回の記事で派生していったいくつかのエモいの意味を紹介しましたが、そのいずれにもあたります。

落合氏のいう「いとをかし」に似たことなのかもしれないし、「懐かしさ」なのかもしれないし、「泣きたいけど綺麗」なことなのかもしれないのです。私は、エモいには十人十色の様々な使い方があり、どれが正解ということはないと思っています。

まとめると「エモい」は当事者ではなくそこから距離や経験を経て顧みたときの感情といっていいと思います。新しい言葉というのは、若い世代が使うものと考えられがちですが、「エモい」はある程度の経験の上に生まれる複雑な感情、つまり大人に近づくと生まれる感情と言えそうです。

「エモい」では収まらない、女の子の複雑な感情

最後に私がまさに、当事者ではなく鑑賞者になって「エモい」に近い感情を自覚したエピソードを紹介します。

それは2015年のハロウィンでした。その前年までは私は自分も仮装して普通の女の子としてハロウィンを楽しんでいました。ただ2015年はハロウィンを別の方法で楽しもうと考えて、スナップ・インタビューサイト「東京女子物語」を立ち上げ、ハロウィンの様子をそのサイトで取材することにしました。

すると、ハロウィンの街のハイテンションな女の子たちから聞けた声はー…

「遠距離恋愛中の彼氏がいるんですけど。楽しんでる写真をLINEのアイコンとかにして、嫉妬させるために仮装してるんです。」

「普段男の人と接点ないんで辛くて。かといって、普通の日にナンパとかされると何か嫌で、ハロウィンならいいかなって。」

あれ……? ただ純粋に楽しんでる人って存在しないの……? とインタビューを続ければ続けるほどそう感じました。ここには書けないような事情を抱えている女の子まで。仮装してはしゃいでるように見える姿からは想像できなかった複雑な気持ちを聞くことができました。

楽しんでいるように見える女の子の感情は、とても「楽しい」なんて単純な言葉で表せなかったんです。女の子って、面倒なくらいに複雑です。でも、私はそんな彼女たちがとても魅力的に感じました。同じようにハロウィンの街にいたのに、この感情は初めて感じたものです。

きっと、それは私が当事者から鑑賞者になったからです。2014年までは自分がその中の1人だったのですが、社会人・インタビュアーになり、ハロウィンに対して客観的になったのです。

そこで思い切って言葉を創ってみました。それが「エモカワイイ」です。複雑でモヤモヤしているんだけど、それがセクシーで魅力的な女の子……まさに「エモい」けれどもそれだけでない。その時この現象をぴったり言い当てる言葉が私には見つかりませんでした。

この「エモカワイイ」現象を読み解くことで、女の子・女性の複雑な感情を理解し、なにかサポートすることができると考えたのが、私が今の会社を創った最初のきっかけです。

次回はこの「エモカワイイ」現象を深く見ていきたいと思います。

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