ⓒSora

 2017年のノーベル物理学賞は、「重力波」の観測に成功したアメリカの研究チームが受賞しました。
 東京大学宇宙線研究所教授で、日本の重力波観測施設「KAGRA(かぐら)」を率いる川村静児さんが、重力波について解説した著書のタイトルは
『重力波とは何か――アインシュタインが奏でる宇宙からのメロディー』
 重力波が「宇宙からのメロディー」とは、一体どういうことなんでしょうか?

 * * *

ありえないほどの「地獄耳」だったら聞こえる?

 アインシュタインが見抜いた重力の本質は「空間の潮汐的な歪み」であり、その歪みの変化を伝えるのが重力波です。物体が動くと空間の歪みが変化して伝わるのですが、その歪みはきわめて小さいため、地上の日常的な現象からは検出することができません。しかし宇宙に目を向ければ、超新星爆発や中性子星連星、ブラックホール連星など巨大な天体現象からの重力波をとらえることができます。

 ところで、いま私は宇宙に「目を向ける」といいましたが、実をいうと、これはあまり適切な表現ではありません。可視光、電波、X線などの電磁波をとらえる望遠鏡はまさに宇宙の天体に「目を向ける」ものですが、重力波の場合は「耳を傾ける」といったほうがいいでしょう。電磁波と違い、重力波は空間の歪みを伝えるので、空気の振動が「音」として聞こえるのと同じように、私たちの鼓膜をふるわせるはずだからです。その意味で、宇宙からやってくる重力波は、まさに「アインシュタインの奏でる宇宙からのメロディー」といえるでしょう。

 ただし、物理的に「鼓膜がふるえる」ことと、感覚的に「聞こえる」ことは同じではありません。人間が聞くことのできる音波の周波数は、(もちろん個人差はありますが)下は20ヘルツ、上は2万ヘルツ程度。その可聴域を超える周波数の音(超音波)は聞こえませんが、それでも音波である以上、鼓膜はふるえています。それと同じ意味で、重力波も私たちの鼓膜をふるわせているわけです。

 とはいえ、これはきわめて小さい揺れなので、そのままでは聞くことができません。その振動の大きさは、LIGOが検出した重力波で、およそ10のマイナス23乗メートル(鼓膜の大きさを10ミリメートルとした)。これは、原子ひとつの直径の10兆分の1にあたるサイズです。原子自体が人間の体の100億分の1という大きさですから、それはもう、気が遠くなるほどかすかな振動にすぎません。

 もしそんな振動を耳で聞き分けることができたとしたら、私たちは10光年ほど離れたところで喋(しゃべ)っている人の声まで聞き取れます。地球から10光年というと、だいたいシリウスのあたり。全天で太陽の次に明るく見える星です。

 もちろん、宇宙空間には音を伝える空気がないので、シリウスのまわりに地球のような惑星があり、そこで人間のような知的生命体がお喋りをしていたとしても、実際には地球まで届きません。しかし仮に空気があったとすると、その声は音速で地球に届きます。ざっと計算すると、10光年の距離を伝わるのに1000万年ぐらいかかるでしょうか。

 そのかすかな音が聞こえる人間がいたとしたら、とんでもない「地獄耳」です。まったく現実的な話ではありません。重力波を「聞く」のは、それぐらい難しいことなのです。

超高感度の「補聴器」をつくればいい!

 では、私たちはどうやって重力波を聞けばいいのでしょうか。

 そのためには、当然ですが道具が必要です。たとえば「見えにくいものを見る」ために、人類はメガネ、顕微鏡、望遠鏡といった道具をつくってきました。入ってくる信号をそれらの道具によって拡大すれば、遠くにあるものや小さいものなどを見ることができます。

 それに対して、「聞きにくい音を聞く」ための道具といえば、補聴器です。100億光年先まで見える望遠鏡が「超高感度のメガネ」だとすれば、宇宙から届く微弱な重力波を聞くには、「超高感度の補聴器」をつくればいいのです。これがあれば、「アインシュタインの奏でる宇宙からのメロディー」を我々の耳で実際に聞くことも可能になるでしょう。

 とはいえ、これは口でいうほど簡単なことではありません。重力波は、その存在を予言したアインシュタイン自身でさえ、検証がきわめて困難だろうと考えていたほど微弱なものです。そのため1916年に論文が発表されてから数十年のあいだは、本格的な重力波
検出実験は行われていませんでした。

 1970年代、米国マサチューセッツ工科大学のレイナー・ワイスは、いわゆる「マイケルソン干渉計」を改良した装置を重力波検出器として使おうという提案をしました。

 ◇ ◇ ◇

 マイケルソン干渉計は、1887年に行われた有名な実験で使用された装置です。重力波とは関係ありませんが、アインシュタインの相対性理論とは深く関わる実験です。アルバート・マイケルソンとエドワード・モーリーの2人が中心となって実施したので、「マイケルソン= モーリーの実験」と呼ばれています。

「マイケルソン= モーリーの実験」は、もともとは、当時、光の波動を伝える媒質として想定されていた「エーテル」の存在をたしかめるための実験でした。実験の結果、エーテルの存在は証明できず、明らかになったのは、光にはニュートン力学の「速度の合成則」が当てはまらないということでした。

 この不思議な現象を説明したのが、アインシュタインが1905年に発表した特殊相対論です。アインシュタインは、光の速度は、どの観測者から見ても常に同じ(秒速30万キロメートル)になるということをもっとも基本的な原理として採用したのです。

 ◇ ◇ ◇
 

 ワイスの提案があって以降、重力波を検出するための「超高感度の補聴器」は、マイケ
ルソン干渉計のアイデアを基本にしたレーザー干渉計型が主流になりました。現在の重力
波検出実験につながる歴史は、1970年代のこの方針転換から始まったといっていいで
しょう。

腕が長くなればなるほど感度が上がる

 このタイプの実験を先導したマサチューセッツ工科大学とカリフォルニア工科大学の共
同研究グループが最初に開発したレーザー干渉計は、基線長(ビーム・スプリッターから
鏡までの距離)が40メートルでした。

 ちなみに、マイケルソン= モーリーの実験で使用された干渉計は、1.5メートル四方の岩石製の台に乗る程度のサイズ。装置の基本的な仕組みは同じですが、大きさはまったく違います。

 空間の歪みによる距離の変化は微々たるものにすぎません。重力波源が遠く離れた銀河にある場合、地球上で生じる距離の変化は、地球と太陽の距離を水素原子ひとつ分だけ伸び縮みさせた程度の割合です。したがって、重力波によるほんのわずかな空間の歪みを検出するには、基線長をできるだけ長くする必要があるのです。

 重力波源が近ければ距離の変化も大きくなるので、私たちが暮らす天の川銀河の中で大きな天体現象が起きれば、受信する信号は大きなものが期待できます(とはいえ、たとえ太陽ぐらい近い場所で中性子星連星の合体が起きたとしても、地球上で1メートルの長さが1億分の1ミリメートル伸縮する程度ですが)。

 しかし、近くの宇宙に観測可能な重力波源が出現する確率は高くはありません。天の川銀河での中性子星連星の合体の発生頻度は、1万年に1回程度です。ものすごく運が良ければ今日かもしれませんが、運が悪ければ1万年後になってしまうかもしれません。それでは確率が低すぎて話になりません。

 でも広大な宇宙全体では、超新星爆発や中性子星連星の合体などの現象が無数に起きているでしょう。ですから、遠くの銀河まで観測の範囲を広げれば広げるほど、観測可能な重力波の発生頻度は数十年に1回、数年に1回、1年に数回……といった具合に増えていきます。

 したがって、重力波検出の可能性を高めるには、できるだけ遠くからの信号をキャッチできるように、装置の感度を高めなければなりません。基本的には、基線長を延ばして装置が大型化すればするほど、感度が高まります。

 ある重力波によって引き起こされる空間の歪みは一定なので、腕が長ければ長いほど、その重力波によって引き起こされる鏡の揺れが大きくなり、それだけ検出しやすくなるのです。

 * * *

 この後、各国の研究チームは試作品開発時代を経て、本格的な観測装置開発の時代に入ります。1980年代半ばには、川村さんがこの研究に参戦。カリフォルニア工科大学で観測装置のバグを解消する「ノイズ・ハンター」として名を馳せたのち、日本で、「TAMA300」という観測装置の開発のグループリーダーに。そして「TAMA300」は、当時の世界最高感度を実現します。このドラマはぜひ『重力波とは何か――アインシュタインが奏でる宇宙からのメロディー』でお楽しみください。

*次回は12月2日公開予定です。

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川村静児『重力波とは何か――アインシュタインが奏でる宇宙からのメロディー』

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