ある知人が恋人にプロポーズをしたところ、彼女にこんな告白をされたらしい。
「わたしはあなたと結婚したいし、あなたのことを愛している。けれど一年に一日だけ、他の人に会いに行くことを許して欲しい」

 彼女が会いに行きたいというその人は、名前を聞けば誰でも知っているような有名人だった。もう何年もずっと、一年に一度だけ、彼は飛行機に乗って彼女の住む街に来るのだという。会えるのはたった一日。そして彼女はその日だけ、彼と恋人同士のような時間を過ごす。

「364日はあなたの妻として生きる。でも一日だけ、彼の恋人でいたい」
 その話を聞いた瞬間、わたしは、
「いいな」
 と呟いてしまった。
「何がいいの」
「何がって訳でもないけれど」

 ロマンティック、というのともちょっと違う。強いて言うなら、物語的だとでもいうか。羨ましいとすら思った。そう感じたのは、わたしが彼女の側に感情移入し、かつその有名人のファンであるせいもあったのだけれど。

 すると一緒に話を聞いていた男友達が「そんなのありえない」と怒り出した。「一日だろうと一時間だろうと、ほかの男のものになることを許せるわけがない」と言う。

「でも364日は貞淑な妻なんでしょう? その話を聞いてすぐさま別れようと思わないくらい、魅力的な女性なんでしょう? だったら、一日くらい我慢すれば?」
 そう言うと、知人はまた頭を抱えた。

 彼は彼女と結婚したい。何をおいてもしたい。でも、彼女が他の人の恋人になるのは一日たりとも耐えられない。だからといって彼女と別れることもできない。どうしたらいいのだろう。彼の苦悩は堂々巡りだ。

 結局、答えは出ぬまま彼らと別れて、家に帰った。
 数日後、寝入りばなにはっと気付いた。
 彼女がその一日だけの恋人の話を彼に告げた理由。

 内緒にして、嘘をついて出掛けることもできただろう。なのにそれを告白したと言うことは、違う人の恋人であるその一日も、彼と共有しようとしたのではないか。つまり彼女はその一日も、つまり365日間全部彼の妻であろうと決めたからなのではないか。その告白は、ただ漠然と妻で居続ける女よりも、よほど愛に満ちているのではないか。

 それから随分時間が経って、その知人とも疎遠になってしまった。彼と彼女が結婚したのかどうか、結局知らないままだ。

 彼女は今、誰のものなんだろう。一年のうちの何日を、同じ人に捧げているのだろう。彼女の伝わりにくい愛情は、ちゃんと彼に伝わったのだろうか。

 とても物語的な彼女の愛し方を思うと、わたしは今も、すこしだけ胸がぎゅっと痛む。

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