小谷野敦著『文豪の女遍歴』(幻冬舎新書)――夏目漱石、森鷗外、谷崎潤一郎ほか、スター作家62名のさまよえる下半身の記録。姦通罪や世間の猛バッシングに煩悶しつつ、痴愚や欲望丸出しで恋愛し、それを作品にまで昇華させた日本文学の真髄がここに。

永井荷風(一八七九 〜 一九五九) Kafu Nagai

 荷風、永井壮吉といえば、狭斜(きょうしゃ)の巷に遊び、多くの藝者・娼婦と関係をもち、最後は独身のまま孤独に死んだ文学者として、妻を恐れる男たちから憧憬の念をもって見られている。

 荷風の父・永井禾原(かげん、久一郎)は、漢詩人であり実業家であって、長男の壮吉(荷風)は、生涯遊んで暮らせるくらいの遺産を受け継いだから、生活のために小説を書く必要がなかった。西洋ではこういう「年金生活者」をランティエというが、角川春樹事務所から『ランティエ』という雑誌が出ていた(今はPR誌)のも、これに憧れる男たちがいたからだろう。

 大学へは進まず、落語家になろうとしたり、歌舞伎座へ入って狂言(歌舞伎台本)作者になろうとしたりして、かたわら吉原へ通うという遊蕩児で、新聞記者になって小説を書いた。

 二十四歳の時、父は、銀行家にするつもりで、荷風をアメリカへ留学させる。ミシガン州のカラマズー大学に学んだり、公使館に勤めたりと放浪生活を送り、イデスというアメリカ人の愛人を作ったりして、当時文化の中心とされたフランスへ渡ろうと考え、二年ごしで父に頼んでフランスへ渡り銀行に勤務するが、ついにその生活に耐えられず、五年の欧米滞在ののち、三十歳近くなって帰国。『あめりか物語』を出して文名が上がった。

 続いて『ふらんす物語』も刊行しようとしたが、これは性的表現のため発禁になる。荷風はその年、新橋板新道の藝者・富松(吉野コウ)となじみを深める。翌明治四十三年(一九一〇)、慶應義塾大学が文学部を刷新するため、三十一歳の荷風は教授に招かれ、『三田文学』の編集に当たる。慶應の人から「早稲田に負けないようがんばってください」と言われ、こいつは文藝を野球のように思っている、と軽蔑する。この年、谷崎潤一郎がデビューし、荷風はその「刺青」を激賞したので、谷崎は荷風を師と仰いだ。その秋、荷風は新橋の藝妓 巴家八重次(ともえややえじ、金子ヤイ)となじみになり、富松は金持ちに落籍された。

 明治四十五年(大正元年=一九一二)九月には斎藤ヨネと結婚するが、これは材木商の娘の素人女で、父の言うままに結婚したのだったから、八重次はあいかわらず妾としていた。だがその翌年一月、父が急死したため、すぐにヨネと離婚し、大正三年(一九一四)には金子ヤイとの結婚披露をおこなった。だが弟の威三郎は荷風に不満を抱き、そのため親類から遠ざかる結果になる。

 しかしそのヤイとも翌年離婚、ヤイはのち、藤間流の舞踊家・藤間静枝として名をあげ、大正末には年下の慶大生・勝本清一郎の愛人となり、勝本の台本で舞踊の会などを開いた。

 荷風の結婚はこの二度だけである。大正五年には慶大教授も辞め、いよいよ世間から遠ざかり、井上啞々(ああ)など親しい奇人との交わりが主となる。藝者ものの小説を書くが、『腕くらべ』には、混浴の温泉で藝者が、自分の旦那と間違えて新婚夫婦の夫にフェラチオしてしまう場面がある。

 荷風は麻布に偏奇館という奇妙な建物を建てて住み、日記「断腸亭日乗」を死ぬまで書き続ける。「雨瀟瀟(あめしょうしょう)」という短編は、そんな荷風の独身生活を描いた佳作だが、谷崎はこれを読んで、その孤独な生活ぶりにぞっとしたという。女性崇拝家の谷崎は、女性を玩弄物視する荷風の考え方は理解できないと言っている。

 昭和二年(一九二七)から六年までは、三番町の藝妓寿々龍(すずりゅう、関根歌)になじみ、「つゆのあとさき」を書いた。荷風も五十を越え、そのあとが、玉ノ井の下級娼婦「ゆき」との出会いと、それによって書かれた『濹東綺譚(ぼくとうきだん)』の「朝日新聞」連載になる。

 新藤兼人の映画『濹東綺譚』は、この作品を中心に、荷風の死ぬまでを描いた作品で、墨田ユキが美しいし私は好きだが、墨田ユキも消えてしまった。

 昭和二十年、東京大空襲で偏奇館が焼け、荷風は岡山に疎開し、津山に疎開していた谷崎を訪ね、谷崎と別れて汽車に乗ったのが八月十五日午前十一時過ぎだった。

 戦後は市川に住んだが、文化勲章を受け、昭和三十四年、八十歳で、自宅で死んでいるのを発見された。

 

*参考文献
・秋庭太郎『永井荷風傳』春陽堂書店、一九七六

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小谷野敦『文豪の女遍歴』

下司だ、覗き見趣味だと言われようと、文学者の異性関係を知るのは楽しい。彼らが当時の姦通罪に怯え、世間の猛バッシングに耐えながらも不義を重ねたり、人間の痴愚や欲望丸出しで恋愛し、破滅と蘇生を繰り返し、それを作品にまで昇華させるタフさに畏怖すら覚える。小説はモデルなど詮索せず、文章だけを虚心坦懐に読めと言う人もいるけれど、そんなつまらない味わい方はしたくない――。森鷗外から太宰治、芥川龍之介、谷崎潤一郎ほかスター作家62名の赤裸々な性愛の記録。日本文学の真髄と、生の根源がここに。