(写真:iStock.com/santypan)

「真由先生、お手紙ありがとうございます」

先日、机の引き出しにしまったはずのレターセットを探していたら、端正な文字が目に飛び込んできた。その字と同じように古風に整った顔とあごの下で切り揃えられた艶のある髪を思い出す。長い髪を切ってボブにしたとき、彼女は私に「失恋じゃないですよ」とやや昭和っぽいことを言った。美人なのに、どことなく漂う昭和の匂いが、彼女に温かみを与えていた。

中野綾子さんは、私が財務省に勤めていたときの経理の女性だった。キャリアを総合職とすると、いわゆる一般職として入省した彼女は、しかし優秀で責任感が強かった。その当時の私の上司は彼女を頼りにし、彼女も期待に応えて遅くまで残業して仕事に励んでいた。帰り際にその日の仕事の報告を上司にする彼女の横顔が、あるとき少し上気しているように思って、

「あぁ、綾子さんは、この上司に単なる好意以上の感情を持っているんだろうな」と、私は気づく。

美人で性格がいいのに独身の綾子さんと、真面目で仕事ができるのに独身の上司は、まさにお似合いで、そのうち部署の中に公然とそう言いだす人が出てきた。だけどそれはいつも健全なからかいの範囲内で、どちらも決して一歩を踏み出そうとはしなかった。ただ、綾子さんが仕事の進展を上司に報告をするとき、二人で少し雑談をするのが日課になっただけだ。私とは仕事以外の話なんて一切しない上司が、この時間だけこんなにも柔らかく笑うなんてと、地味に悔しく思ったりしたものだ(笑)。

仕事ぶりを買われて係長に昇進した綾子さんからは、いつしか笑顔が消えていった。若い事務の女の子たちは、綾子さんよりもきゃぴきゃぴしている。

「このくらい自分でやってくださいよ~。〇〇さん、私の何十倍も仕事できるんですから」

と甘えた声で言われれば、仕事をお願いした部署の男の子たちも悪い気がしなそうに引き下がろうとする。そのとき、

「その書類、私がやりますよ。○○さんはもっと大事な仕事がありますから」

と仕事を引き受ける綾子さんに、気まずそうな沈黙の後、目配せが交わされる。綾子さんは、甘え上手ではなかった。仕事にストイックな彼女は、自分の基準をどこまで若い事務の女の子たちに「押しつけて」いいのか、悩んでいたんだろうなと今になれば思う。彼女が、突然、仕事を辞めると言い出したとき、私にとっては青天の霹靂(へきれき)だったけど、上司はさほど驚かなかった。

「気をまわし過ぎる人だから、一人で色々抱え込んじゃったみたい」

と口にする彼は、事前に彼女から相談を受けていたのだろう。この人も強引に引き止める人じゃないし、綾子さんも思い込んだら頑ななところがあるし。

「二人とも一滴もお酒を飲まないからね~」と言った部署の先輩の言葉を思い出した。自制心が強い者同士の組合せは、勢いで押すほうがいないから進まないみたい。

 

予備校で講演をした私に、綾子さんから手紙が届いた。派遣として中小企業で経理の仕事をしながら、今は予備校に通って資格試験を目指しているらしい。そこが偶然にも私が講演した予備校だったので、お手紙をくれたのだ。3か月おきに変わる職場に慣れるのが大変なこと、財務省仕込みの丁寧さで仕事をすると「ここまでしなくてよい」とお叱りを受けること……。ユーモアたっぷりに綴られた文章の中に、

「恥ずかしいやら情けないやら毎日修行です。ちなみに*結構*苦労しているのに全く痩せないのは最大の謎です」

と書かれていた。この「結構」の横の強調マークは、決して弱音を吐かない彼女の最大限の愚痴だったのかもしれないと、今さらながら読み返して悟る。私ってなんて鈍感なんだろう。

そこから「お茶でも」という話になったものの、なかなか予定が合わなくて、しばらく経ってメールしてみたら、「事情があって……」と彼女は言葉を濁した。人間ドックで引っかかって精密検査を受けなくてはならないらしい。

綾子さんに次に再会したのは、山王病院の一室だった。とはいっても、黒髪は相変わらず艶やかで、頬の血色もよく、相変わらず彼女は美しい人だった。だからこそ、帰り際に病室の看護婦さんが、

「本当に愚痴も弱音もこぼさない人だから」と少し涙ぐむのが、私には奇異に映った。

だいたいうちの家系は鈍感なのだ。

「おお、ちょっと痩せたんじゃないか。入院、退屈だろ? ドクター〇〇シリーズのDVD買ってきたぞ~」と旧友を見舞った父は、その奥さんからひっそりと告げられたらしい。

「山口さん以外のお見舞いはお断りしたんです。みんな今の主人の痩せ方を見ると、何も言えずに涙ぐんでしまって、その度に主人も気落ちするから」

鈍感さを見込まれて面会謝絶を潜り抜けた父の娘ですからね、私。それから間もなく幼い我が子をこの世に後に残して旅立った旧友の名を、父は今でも悔しさと懐かしさをにじませながら口にする。

綾子さんのお見舞いの後しばらくして、留学を目前に控えた私を、当時のあの財務省の上司がごはんに連れ出してくれた。また会えたらと何度か連絡を取り合いながら、結局、綾子さんの体調が思わしくなく、なかなか叶わずにいた私は、綾子さんの話題を口にして「早く元気になるといいですね」と結ぼうとした。私が口にするよりも先に、上司は

「あんないい人がね……ご両親を後に残して、若くして逝くなんてね」

と話を引き取った。あまりのことに、私は言葉の接ぎ穂を失って黙り込む。流れる沈黙の中で、ふと、仕事においてあらゆる専門知識を駆使するこの人が、自分の感情を表現するとき使う言葉が驚くほどありきたりだと気づく。土日も出社し、プライベートで恋愛をする暇もなさそうな上司のアンバランスさを、このビジネス用語と感情表現の語彙数の偏りが象徴している気がして。そして、こんな時にそんなことを考えた自分を恥じる。言葉にならない悲しみを抱え、言葉を探すのをやめただけかもしれない。

「昨年の2月くらいかな、最後の手紙には『治療がつらい』って書かれていた。それまで一度だって弱音を吐かなかったから……」

という彼の言葉で、私はこの二人がずっと手紙のやりとりを続けていたことを知る。平凡な言葉で悲しみの上っ面をさらっと撫でて通り過ぎるのは、心の深い所の感情を新鮮なままで保つためだったのだろうか。そうか、この人は、私とその悲しみを分かち合う気がないのだと思い至る。そして、上司と綾子さんの帰り際の立ち話を見ていた時と同じ、嫉妬にも似た気持ちに驚く。同じ部署で同じ時間を過ごしたと思ったけれど、この二人はずっと私よりも一段深い層でつながっていたのだろう。

 

今、私は、出張の前に飛行機を待ちながら、空港のラウンジでこの文章を書いている。と書くと聞こえはいいが、ありとあらゆることが不安になってきて、自信を失いつつある。私の言葉が通じないかもしれない人々は、私をいつもナーバスにする。田舎から出てきたばかりのおどおどした小さな女の子のような気持ち。年齢的には女の子からもうだいぶはみ出しちゃったのにね。

機内は乾燥するだろうから、爪の甘皮にたっぷりめにオイルを塗っておこうと、ネイルオイルを取り出して、綾子さんとの会話をまた思い出す。

「真由先生はネイルしているから、オイル使うんじゃないかと思って、会えた時のために買っておいたの」と、最後に見舞ったときに、綾子さんは、ベッドの上から綺麗に包装されたこのオイルを私にくれた。

フレグランスとも違う、植物由来の香りが私の心を落ち着かせていく。

病魔と闘いながらも、最後まで他人への気遣いを忘れなかったんだなと、改めて思う。

大変なことが起こるたびに「もう無理だ」とあきらめかける私に、母は決まって言い聞かせた。

「真由、神様はその人に耐えられるだけの試練しか与えないんだよ。ってことは、きっと真由はだいじょうぶだって神様のお墨付きよ」

人一倍我慢強かった彼女は、人の強さと優しさを試すために神に選ばれてしまったのだろうか。

「あなたのようにつよい人でやさしい人でありたい」と歌ったのはドリカムだったっけ。そして、この歌詞は確か「あなたのように前を向いて大きい人でありたい」と続くんだった。

私も前を向いて、できるだけ背筋を伸ばして、搭乗ゲートに向かおう。

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