先日、27歳になった。


 27歳になって3ヶ月近く過ぎようとしているが、「おいくつですか?」と聞かれて「27です」と答えるたびに未だに驚く。


 わたしにとって27歳という年齢は、なぜかずしりと重くのしかかる。不安定で、ゆらゆらとしていて、けれどまっすぐ未来を見つめなければならないという義務にも似た気持ちが芽生えてきた。


 少し歳を重ねただけ、と思いたいのだが、わたしの価値観は25歳あたりから驚くほどのスピードで変化して、ここ2年で考え方は大きく異なってしまった。


 紅茶にミルクを垂らした時のことを思い出してほしい。一瞬でぶわっと揺さぶられて、そこからはマーブル模様のようにどちらとも言えない様子になって、そしてゆっくりと馴染んでまろやかになっていく。あんな感じで価値観が変わるのであれば、わたしが自分にミルクを入れたのは、25歳になる少し前だったと思う。


 価値観が、ぶわあと揺れた瞬間のことはいまでも覚えている。別に衝撃的な事が起こったわけでも、大きな挫折をしたわけでもなかった。
 

 そのときわたしは、飛行機の中にいた。

 昔からの夢だった、“海外で暮らす”を果たすために、わたしは会社をやめ、家まで引き払い、2ヶ月のスペイン行きを決めた。すべて自分で望んだことだった。けれど、不思議と「わくわく」もしなければ「そわそわ」もしなかった。とにかく感慨深くなるのを避けていたからだ。感慨深くなってしまうと、怖くなって歩みを止めてしまうかもしれないと、どこかで勘づいていたのかもしれない。


 その日、飛行機が加速をはじめて、上空に向けてゴゴゴとうなりをあげたとき、やっと「ああ、とんでもないことになった」と思った。


 どうしてわたしは言葉も通じない海外に? 一体何をしに? 誰も待っていない、誰にも求められていないのに、どうして?


 あの瞬間の、喉の奥から叫びだしたくなりそうな孤独と恐怖をわたしはいまでもはっきりと思い出せる。小さな機体が上空に向けて、意気揚々と飛び立つ瞬間。あのなかでとても静かに、慄いていた。


 そして半ば八つ当たりのように「どうして誰もわたしを日本につなぎとめておいてくれないのか」と、こんなふうにわたしを恐怖させる“自由”が憎いと思った。


 誰かがつなぎとめておいてくれたら、わたしはこんなところにいなくてよかったのに!


 実際は、「どうして」も何もない。すべて自分の意思で決めたことだし、止められないように親には決定事項としてスペイン行きを告げたし、止めてくるような恋人もいなかった。


 というよりもそれ以前に、はっきりと「恋人なんて欲しくない」と思っていたほどだった。


 恋愛系の記事を書いていながらこんな事を言うのは気がひけるが、当時は本当に恋人なんて欲しくなかった。デートはしたいし、好きな人も欲しいけれど、恋人ができてしまうと自分の変化が止まってしまうんじゃないか、と思っていた。


 好きな人がいる生活は楽しくて素晴らしい。けれど楽しいがゆえに、別に求められなくても、縛られなくても、自ら望んでその人のそばにいたくなってしまう。そんな風になってしまったら、きっと長期間海外になんて行きたくなくなるし、ひとりでふらっと旅行に行きたいなんて思い立つことすらないだろうと思った。


 不思議と「自分にはまだやることがある」と思っていたわたしは、恋人はいらない、と心に誓っていた。なんなら「将来を共にしたいと思うほどの最高の男性に出会いませんように」と願っていた。出会ってしまったら、きっとわたしは選択を変えてしまうから(そしてこの説は、当時デートをしてくれていた男性をひどく混乱させた。どうして恋人が欲しくないのか? その理由は彼らにはとてもじゃないけれど理解されなかった)。


 謎のばかげた決意が実り、恋人がいない状態で飛行機に乗ったにもかかわらず、「自由が憎い」だなんて、わがままもいいところだ。でも、あのときの恐怖のことはどうしても忘れられない。足がすくんで、「降ります!」と叫びたくなって、なにもかもを中止にして昨日までの日常に何食わぬ顔をして戻ってしまいたかった。


 飛行機は不安定に揺れながら、上空へグングンとあがり、わたしの体はいつもの何倍も重くなる。比例するように気持ちは沈んだ。


 そのとき空から見つめた東京は、やけにきらびやかに見えた。ゆらゆらと光る誰かの息遣いたちが見えて、早くに結婚した友人たちの姿が頭によぎった。


 わたしの知る彼らは、好奇心にかまけて冒険するようなことはない。1~3人程度のお付き合いで一生を添い遂げる人を決めてしまえるような潔さがあるし、どこか遠くに行く事もない。家族のためにやることがあって、(強制されるという意味ではなくても)何かに縛られている。一人で勝手にスペインに行ったりしない。その、“不自由な幸せ”を想った。


 なにが「幸せか」なんてもちろん人によって違う。縛られないことが嬉しい人だってもちろんいるだろう。けれどわたしはゆらゆらと心もとない、どこにも紐が繋がっていない風船みたいな自分の状態が辛かった。


 結局2ヶ月近くスペインに滞在したころにはその気持ちは確かなものになり、「東京に戻らなければ」と強く思うようになった(もちろん、スペインはスペインで楽しかったし、そこでの暮らしは快適なものだったのだけれど)。たった10日間さえ我慢できずに、プラスでお金を払って日程を早めて帰ってきて、大急ぎで家探しをして、生活の基盤を固めた。家具をひとつ買うごとに「わたしはいま、縛り付けられている」と思って嬉しくなった。簡単にどこかへ飛び立つことはできない。そのことがひどくわたしを安心させた。


 1ヶ月後には家具も揃い、元どおりの暮らしに戻ってきたが、気持ちの変化は大きかった。もう「海外で暮らしたい」とは思わなかったし、代わりに「わたしをつなぎとめておいてくれるもの」を探し続けていた。そんな風にして、いまではすっかり「未来を築いていけるもの」に惹かれるようになっている。精神的つながりを持てる恋人も欲しいし、その人のために時間を費やすような暮らしもしたい。こんな風になるなんて、25歳の時には思いもよらなかった。あのときより多少の退屈も受け入れる覚悟もできた。


「縛り付けるもの」を探しはじめたわたしだけれど、未だぐらぐらと不安定だ。すごい勢いで物事は進む。心はいつだってついていけない。けれど、あのときスペイン行きの飛行機がわたしを推し進めてくれたように、きっとまた何かがわたしに何かをもたらしてくれるだろう。

 27歳を見つめてみたい。不安定でゆらゆらとした、けれどまっすぐ未来を見つめている27歳を。

 

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