みなさんはじめまして、横塚まよです。

私は < 大人になれない女の子 > をテーマに等身大の"エモカワイイ *1 "女の子を発信・プロデュースするCOMPLExxxという会社の取締役をしています。

具体的には"エモカワイイ"女の子のマネジメントやLIVE配信、特にスマホに特化した活動のプロデュースをしています。
彼女たちは、タレント活動だけでなく、"エモカワイイ"メディア運営、動画コンテンツ制作なども自ら行っています。

最近注目されている「エモい」というキーワード。
すでに私も自己紹介で3回「エモ」という言葉を使ってしまいました。
私の会社はまさに“女の子がもつ独特なもやもやした感情”、つまり「エモい」にフューチャーした企業です。

この連載では、COMPLExxx所属のアイドル大好きなエモ女子であるライターの「はぎー」とともに、「エモい」をキーワードに女の子の複雑な感情を読み解いていきます。そして、その先にある「エモい」女の子たちの素顔や活動内容、そしてそれを取り巻く世の中の消費行動を探っていこうと思います。

さて「エモいって言葉、初めて聞いた」「最近Twitterで見たことあるけど意味がよく分からない」という方もいるかもしれません。実はこの言葉には15年の歴史があるのです。しかし、今現在20代を中心に使われている「エモい」という言葉には昔とは異なる意味合いを含んでいます。

今回は「エモい」という言葉の意味とその進化の過程を解説したいと思っています。

「エモい」の誕生

「エモい」の“エモ”という言葉は、感情的な様や情緒的な様を意味するエモーショナル(emotional)の略と言われています。最初にこの言葉が使われはじめたのは、1980年代の音楽シーンだそうです。

ハードコアロックをルーツに、より情緒的・感情的な表現をした音楽ジャンルがエモーショナル・ハードコア=エモコアと呼ばれており、ここで使われた“エモ”が、おそらく今につながる「エモい」の最初の形です。

そして今で言う「エモい」が広く使われはじめたのは2016年だと言われています。音楽カルチャーを超えて一般にまで広がり、昨年の三省堂「今年の新語2016」では、「パリピ」や「VR」などの注目ワードを抑えて2位を獲得しました。

こんなに広まったのにも拘わらず、「エモいってどういう意味?」と問われると、ひとつの明確な意味があるわけではない、というのが「エモい」という言葉の不思議なところであり、魅力でもあると思っています。

変化し続けてきた「エモい」

音楽のロックシーンから誕生した「エモい」は次第にサブカルのコンテンツ、特にアニメや漫画の感想として、感傷的にさせられる、感情に訴えかけてくる作品に対して使われるようになりました。

また、その言葉はネットでも広がって感傷的な意味合いで様々なコンテンツに使われるようになり、さらに一部では「エロくてキモい」の略として起源とは懸け離れた意味合いで使われたりすることもありました。

「エモい」という言葉は、いつもカルチャーのそばにあり、それぞれの文化圏に枝分かれして拡大していきました。

そして現在、それぞれのカルチャーから離れて、一般の生活などでも頻繁に利用されるようになってきています。特にその中心にいるのがTwitterにいる20代の若者だと思っています。

注目したいのはその中心が10代ではなく20代であるということ。彼らが使う「エモい」には“懐かしさ”や“切なさ”のニュアンスが含まれます。

分かりやすい例で言えば「学生の頃の消してしまいたい程恥ずかしい初恋の記憶、思い出すと恥ずかしさや切なさで苦しくなるけど、戻らない時間だからこそ美しくも見えてずっと覚えていたい気もする」といった複雑な感情です。これは、学生時代を経て、ある程度経験を積んだからこそ感じる「エモい」なのではないでしょうか。

私は現在の渋谷は20代女子の「エモい」対象の代表格だと感じています。

今の20代の女の子が、小・中学生だった頃……1990年代はギャル文化が大流行。
そして、その文化の中心地が渋谷。センター街には、派手なギャルが多くいて、彼女たちはファッションリーダーでした。
街にあるお店にはキラキラ・カワイイものばかり。「私たちも高校生になったらルーズソックスはいて渋谷にいくんだ!」と憧れの場所だったのです。

ところが、渋谷も時代とともに変化しました。

ファッションにおいては、ギャルカテゴリーだけではなく、様々なジャンルが登場、流行も多様化。異なるカワイイ価値観やファッションジャンルが、ぎゅっと凝縮された小さな街になりました。今やひとつのギャル文化の象徴ではないのです。

渋谷は20代女子の「エモい」対象の代表格

20代の女の子にとって、渋谷は実に多様な感情を抱かせます。

「幼い頃憧れた街への懐かしさ」
「“ギャル”というアイデンティティを失ったように感じる切なさ」
「多様な流行を受け入れた街としての懐の広さ」
「今の渋谷を行きかう若者を見て感じる、大人になった実感」


それらすべてを含め、渋谷は「エモい」街だと思うのです。

またそういった若者の「エモい」を俯瞰して捉えて、さらにその言葉の拡大に寄与しているのは落合陽一氏です。落合氏は「エモい」を語る上で欠かせないキーパーソンだと思っています。

彼は「エモい」を、「ロジカルの対極にあるもの」、古文において「とても趣がある」と訳される「いとをかし」と類似するもの、と表現しています。そして、彼はテクノロジーの急速な発展の最中にいる人間を語る文脈で、この言葉をよく使用します。

「人間にとってエモいこと以外はすべてコンピュータにやらせればいい」というのは、落合氏があらゆるメディアで語っていること。落合氏の「エモい」は、AIが得意とするロジカルさの介入が難しい、人間の感情の揺れ動きが現れる部分を指しているのではないでしょうか。

まさにこれから訪れるAI時代において「エモい」はさらに重要なキーワードになりそうです。

つまり、エモいとは

エモいの誕生から拡大と一般化を考察してみた私の結論は、「エモいとは、言葉にし難いけれど、誰かと感情を共有したいときに使うツール」です。

そして、その感情は基本的にポジティブに向かっています。
「エモい」自体は感情の揺らぎを表現し、その感情の動きはプラスのときもあれば、マイナスのときもあります。

しかし、その一方で「エモい」には、プラスもマイナスも含んだ複雑な感情をポジティブに変換するイメージもあります。「泣きたいけど、綺麗」「悲しいけど、気持ちがいい」など、ネガティブの中にも希望があるような様を「エモい」と言うのではないでしょうか。

「誰かと気持ちを分かち合いたい(共感)」
「ネガティブな気持ちを乗り越えてポジティブになりたい(変換)」

この2つの感情は普遍的で、時代も世代も問いません。
だからこそ、「エモい」はその時代に生きる人の複雑な感情構造を吸収して、進化しながら、使われ続けているのかもしれません。
 

*1 エモカワイイとは:“エモーショナルでかわいい”を略して「エモカワイイ」。女の子がもつ独特なもやもやした感情をかわいくありのまま表現していることをエモカワイイと定義しています。

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