ロザン菅さんの『身の丈にあった勉強法』を発売前に読んで「感想文を送ろう」企画!絶賛、こちらでご紹介させていただいています。

今回の感想文は、これまでにない個性で読ませます!
なんと、もともとロザンのことが気になっていなかったそうなのですが、菅さんの存在にある日惹かれはじめ……。

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【 えなくらむ 】さんから届いた感想文

 好きの反対は嫌いではなく、無関心であるという人もいる。

 数ヶ月前まで、私は宇治原に対し、無関心であった。京大卒の人、とは知っていた。しかしただそれだけであった。たまたま目に入ったクイズ番組に宇治原が出演していたかどうかさえ、全く記憶にない程、無関心であった。もちろん、「相方ってどんな人なのだろう」なぞ、考えた事もなかった。

 ところがである。

 ある時、関西ローカル番組に出演しているロザンを見た事で、事態は急展開を迎えたのである。きっかけは、宇治原の横に座る人物が何気なく放ったコメントであった。場の雰囲気を凍らせ兼ねない言葉であったのだ。だが、不思議な事に、その人物から発せられると何故か、雰囲気を和ませたり盛り上げたりする言葉となるのである。その人物とは、何を隠そう著者その人である。バーバルとノンバーバル双方の使い方が絶妙で、「自身を感覚的に捉える瞬発力のある人なのだろうな」という印象を持った。著者の表現を拝借すると『身の丈に合った』振る舞いが、丁度いい塩梅でなされているように感じた。

 話は変わるが、学生時代の私にとって、勉強とは『しなければならないもの』、それ以上でもそれ以下でもなかった。宇治原とは異なり、無関心な対象ではなかったものの、プラスの感情とは決して結びつかないものであった。

 ところがである。

 社会人となり、興味を入口として取りかかった勉強で事態は急展開を迎えた。

 なんと楽しいのだ。それのみでなく、嘘のように自分のものとなっていくのである。そしてそれは私に限った経験ではない様子で、「学校の勉強もこのくらい楽しければねえ」なんてやりとりをしたことが、一度や二度と言わずある。その、世の中にありふれているらしい現象について私は

「好きこそものの上手なれ、とはよく言ったものだなあ。」

 程度で深く考えた事はなかった。さらりと通り過ぎていた。

 しかしさすがである。その、私は通り過ぎてしまった現象に関してが、今回の著書に言語化されているではないか。「なんでか分からないけどなんとなく」の部分が、親しみやすい表現で分析されており、かつ、著者がさも眼前で喋っているような語り口で綴られている為、漫談を笑いながら観ている感覚と、深い納得とが同時進行するのである。

 今回は、勉強に焦点が当てられていたものの、著書の思考は、日々の営み全体に応用が利くように思えた。身の丈にあった勉強法を選択する事で、勉強が自分にとって扱いやすいものとなるように、身の丈にあった営みを選択する事で、日々が少し楽になり、楽しむ余裕もより生まれやすくなるのではないだろうか。

 余裕は時に、新たな魅力を生む。本人は気付いていなくとも、周囲に写るその人は変化する。その入口として、身の丈にあっているか否かに着目する事は有益であるように著書を通して感じた。

 身の丈にあった振る舞いで輝く著者の横で、のびのびと身の丈にあった振る舞いをしている宇治原は、いつの間にか、私の中で興味対象へと生まれ変わった。著者と、著者の隣にいる時の宇治原の在り方が、今回の著書に説得力を持たせている。

 SNS映えが重視されがちな昨今であるが、身の丈にあった振る舞いを使いこなせれば、SNSどころか、四六時中映えも夢ではないかもしれない。少なくとも私の目に写る宇治原は四六時中映えし始めている。マリオで言えば、スターをエンドレスでゲットするようなものである。最強である。

 私は私の丈にあったスターをゲットすべく著書の思考を日々の営みに取り入れるつもりである。

 最後になるが、ちなみに私は菅ちゃん派である。

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菅広文『身の丈にあった勉強法』

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