移民はひたすら傷つく

写真:iStock/ViewApart

前回は移民のススメをお伝えしたが、今回はかわって移民の非・ススメ。
移民をススメてるのか、ススメていないのか、どっちなのか?——と訊かれたら、
答えは両方です。

まずは今回の非・ススメの理由。
それは、移民は傷つくから、ということに尽きる。
難民とは異なり、基本的には自分の意思で他の国に来ているはずの移民。
それでいて、なぜ傷つくのか?

移民した年齢にもよるけれど、言語の壁、見える形・見えない形での差別、文化・習慣のギャップ、医療・教育・福祉等、新しい社会システムへの適応、などを乗り切らねばならないため、アメリカに来たことによるポジティブな感情の一方で、移民後、数年から10年は、心理的不安、不満、苛々や怒りを伴う時期が続く。

なかでも、健康保険に入れないとか、かかりたいときに医者にかかれないとかは、超高額医療費とあいまって生存本能を刺激するため、かなりのストレスである。世界でも珍しい皆保険制度に慣れている日本人にはなかなか実感できないことのひとつだ。
入院にでもなったら1000万円もの請求をされかねないし、健康であっても1ヶ月の健康保険料が15万円とか、持病の薬代が1ヶ月30万円とかいうことが、明日にでも起こりえる。想像するだけでもストレス。

日本では見えにくい社会の階層も、アメリカではあからさまに見えている。
その上、移民第一世代は、いったん下にさがって、社会階層の梯子を一段一段登って行かないといけない。
母国で高等教育を受けたことのある人、すでに社会的成功を収めた人ほど、「人生をやり直している感じ」「母国では何のストレスもなくできていたことができないもどかしさ」を訴えることが多いのだ。

アメリカ社会は100%実力主義だって信じている人はあまりいないと思うが、移民はとても不利なスタートを切ることになるし、いわゆる「移民の壁」(*2)にぶち当たることも多い――たとえ実力があったとしても。

大手メーカーの駐在社員からそのまま残留した男性の場合

ケンジさんの例を見てみよう。
ケンジさんは日本の大手メーカーに在職中、32歳のときに駐在社員としてロサンゼルスにやってきて、任期が切れたあとも「日本でこのまま終わるのは嫌だと思い」そのまま残留を選択。運良く米系の同業種の転職先が見つかり、5年後には日本で結婚した妻とともに永住権を取得、アメリカ移民となった。
今年で在米15年。職場の雰囲気は良好だし、仕事もやりたいことをまあまあやれている。休日は趣味の自転車でビーチを走る。妻との仲も良い。日本にいたとき、思い描いていたような暮らしができている。

「でも、最近、うつです」
とケンジさん。仕事に行くのが辛い、朝起きられない、緊張する、という。
「アメリカで仕事が見つかったとき、グリーンカードがとれたとき、コンドミニアムを買ったとき、自分はこっちでもやれる、通用すると思ってうれしかった。でも、今になって、ここから先に行けないような不安と焦りで落ち込んでしまって、何でもないことに悩んでしまったり、自信が持てない」

どういうときに「ここから先に行けなくて」辛いと感じるのか、と尋ねたところ、ケンジさんがあげてくれたのは、
「 自分では同じ場所にいて同じように働いているつもりなのに、同僚(アメリカ人)の何気ないひとことで、自分はここではお客様と思わされること」
「『ケンジ、あの顧客は(アメリカン)フットボールが好きだから、○○(アメフト好きの他の同僚)に担当してもらおう』とか。自分はアメフトの面白さが分からないですから」

ケンジさんは日本で積み重ねてきたスペック、例えばどこの大学を出たとか、実はイタリア語話すとか、某サッカークラブのことなら何でも訊け、とか、そういう「自分」を一回捨てて、この15年、アメリカに溶け込もうと努力してきた。時間が経って、自分ではそろそろいけてるかな、と思った頃合いにふと、「いや、だけど、あなた移民だし」と言われる感覚。

この痛みは、”マイクロアグレッション“(*2)で説明できると思う。

移民のトラウマは、家族との離別、家族や本人の逮捕や強制送還といった大きなライフイベントに関わることもあるけれど、むしろ、日常的な小さなストレス=”マイクロアグレッション”の積み重ねで形成されるとみることができる、とコロンビア大学カウンセリング心理学のデラルド・ウィン・スー教授は言っている。

スー教授は中国系アメリカ人の家族出身だが、本人はアメリカに生まれ、アメリカの大学で博士号を取得。その彼がある学会の帰り、タクシーに乗ると、運転手がこう言ったそうだ。

「お客さんはずいぶん英語が上手だけど、どこから来たの?」

これが”マイクロアグレッション”の例です、とスー教授は言う。

その運転手にとって――運転手もおそらく移民なのだと思うが――教授は外見から外国人であると判断され、アメリカで生まれ、高等教育を受け、教授を務めている事実とは無関係であると、決めつけられる。

移民にとって「英語うまいね」が暗に意味にしているのは、外国人にしては英語が話せるよね、ということ。つまり、多くの場合、どんな職業につき、地域に溶け込んでいようと、
「あなたたちはこの国では永遠に外国人だ」
とネガティブなメッセージ
に聞こえるのだ。それはわかりにくい形での差別であり、侮辱でもある。

”マイクロアグレッション”は、見えにくく、意図的ではなく、とらえにくい。たいてい、無意識レベルであらわれた偏見である、とスー教授は言う。
わたしたちは誰でも、個人的・制度的・社会的な偏見にならされており、特にじぶんの家族、制度、社会から引き継ぐ偏見に対しては免疫がない。誰でも偏見を持っているし、偏見から免れられない。そして、それが無意識レベルで現れることを制御するのは非常に難しい。

ただ、わかりにくい形なので、マイクロアグレッションはその場での怒りやショックにつながることはあまりない。

むしろ、心理のひだに入り込み、後になればなるほどボディ・ブローのようにじわじわと効いてくる。気がつくと、小さな傷がいっぱい心についている。

ケンジさんのような、移民第一世代、しかもこちらで生まれ育ったわけでもなく、留学経験があるわけでもない移民は、マイクロアグレッションの攻撃波を日頃まともに浴びているので、決定打となるようなトラウマこそないものの、たぶん、心理的には擦り傷だらけ。それが、彼の場合、うつ状態として現れてきているように見えるのだ。

ケンジさんはまだこの後どうするか決めていない。
最近になって、日本に帰ることも選択肢に入れた、という。
それで良いのではないかな、とわたしは思う。

メンタルヘルスの基本はバランス。冒頭で書いたように、移民のススメも非・ススメもバランス次第で両方ありだ。

異文化で暮らす大きな心理的報酬は、自分のアイデンティティーが見えてくること。
大人になって、何もかもが「できてあたり前」ではなく、ケンジさんがロサンゼルスに来た当初のように、「自分はこんなこともできる」とSelf Efficacy (*3)を感じ続けていけること。

でも、対価はあって、傷つく。

そのマイナス面を承知の上で、わたしは日本の人に、一度は多文化のなかで暮らす体験をしてみてほしい、と思う。傷ついてもそれを上回るポジティブな心理的報酬を得られれば、それはプラスの体験になるのだから。


*1 移民の壁 移民の社会的達成には限界があるとする俗説。例えば、移民は一代目はひたすら労働し、二代目にならないと高等教育に届かない、等。

*2 マイクロアグレッションは、もともとハーヴァード大学の精神科医であったピアース教授が、1970年代に、つねづね目撃していたアフリカンアメリカンに対する非黒人からの侮辱や退け方を表す言葉として使い始めたもの。スー教授は、マイクロアグレッションの現在の形は、有色人種やLGBTに特に有害であった、古い形の人種差別、性差別、同性愛差別とは異なる、と述べている。

*3 Self Efficacy 自己効力感。心理学で自分が何かを達成する能力があるという自信、可能性を感じること。

この記事をシェア
この連載のすべての記事を見る

★がついた記事は無料会員限定