2017年、記録的猛暑日のつづく夏まっさかり。千葉県・房総半島の「鋸(のこぎり)山」に登りました。
 山といっても、標高は330mしかなく、ちょっとしたハイキングといったところ。いくつか候補があるなかで、なぜこの山にしたのかと問われれば、名前。「のこぎり山」だなんて、むかし話みたいでよいではないですか。

 リサーチ担当&同行者は、自らをカッパと名乗る女。高校時代からの友人であり、アラフォー独身仲間であり、基本ヒマ。山と温泉と酒を愛し、猫3匹と暮らしています。
 彼女は数年前、突然山にハマりだしたものの、体のあちこちにガタがあり、病気の猫もいるため宿泊ができない身。私は山は好きだけれど休日が定まらず、日ごろの運動不足がたたり体力のない身。
 そういったわけで、ふたりでときどき、ハイキングに毛が生えたような日帰りへなちょこ登山に出かけているのです。

 青い屋根がかわいらしいJR内房線、浜金谷駅。道をたずねた観光案内所から見上げると、ぎざぎざの大きな石の壁がそそりたっています。おお、あれがのこぎり山の、のこぎりたるところ。
 のこぎり山は、昭和57年まで石を切り出していたそうで、石切場も残されているそうです。さあ、どんなでしょうか。一般道から山道へ突入。観光案内所で階段が少ないと教えてもらったコースのはずなのに、階段、階段、また階段。

 ひーひー言っていたら、私たちの前を歩くおじいさんがやおら振り向き、「このあと地獄の階段があるぞ」と不吉な忠告をしてきました。
 山から降りてきたおじいさんたちも、すれ違いざまに、「こっから先つらいぞ」とささやきます。この先には何が待っているのか。そしてこの山には、おじいさんしかいないのか。むかし話はもう始まっているのか。
 果たして我々を待っていたのは、段差激しい連続階段145段! 見知らぬおじいさんと励ましあいながら、なんとかクリア。
 しかしまだそこは山頂ではありません。山頂と書かれた矢印をたどっていくと、なぜか階段をくだりました。そしてまた、のぼる。くだる。のぼる。くだる。のぼる。
 こっちのほうが地獄だわ!

 いよいよ山頂かと思われたところには、なんだかよくわからない電気を送っていそうな白い建物がありました。あたりをみまわせど、山頂らしき場所は見えず、到着したところで330mなので、まぁいいかとアタック断念。すごすごと引き返します。
 くだる。のぼる。くだる。のぼる。
 もどる。

 さっきの145段をのぼってすぐのところにあるのは、東京湾が一望できる展望台。「地球が丸く見える」という謳い文句どおりの大パノラマ! なのですが、草木一本生えていないその場所には木陰が一切なく、強い日差しにやられて、すぐさま撤退。
 もどる。
 145段を、くだる。くだる。くだる。
 まがる。
 おひる。

 切り立った石壁にかこまれた、秘密基地のような場所を見つけて、おひる休憩をとることに。
 山ごはん担当は、カッパです。キンキンに冷えたオールフリーで乾杯。本日のメニュー、ラム肉のステーキとタコライスをたらふくいただきました。しばしの休憩ののち、再出発。

 昔の人が切った石のすきまを歩きます。天にそびえる、どこまでもまっすぐな石の壁。横に掘り進めた先の闇。永遠の階段。
 切った石を運ぶのは、女たちの役目だったそうです。その時代にこの地に生まれていたら、逃れられなかったことでしょう。今の時代に生まれた私は、ただのラッキー。

「ラピュタの壁」と呼ばれる100m近くある絶壁を眺めて「たしかに」などと言いながら、階段をひたすらのぼっていくと、通過地点である「日本寺」に到着。
 境内は、山の斜面10万坪、というスケールのでかいお寺です。それにしても「日本寺」とは、また大きくでましたね。
 名物の「地獄のぞき」という場所から、地獄とやらをのぞいてみました。ちょいと飛び出た岩場の先端、足元のはるか下に見えたのは、閻魔様や鬼や釜茹でされている悪人ではなく、夏の光をたっぷり浴びて生い茂る木々。いやいや、地獄にグリーンはないでしょう。せめて大量の階段でもないと。

 そして「大仏」。
 大仏があると言われたら、見たい、拝みたい、「大きいねぇ」とつぶやきたい、と思うのが人の心。しかしそれは、長い階段をくだった先にあるという。私たちは、このあと、ロープウェイを使って下山する予定である。ロープウェイというものは、山の高いところにあるのが世の常。
 小さな葛藤の末、私たちは意を決し、大仏を見るために階段をくだりました。延々と、それはもう、延々と。
 石をくりぬいた大仏さんの顔を拝み、「大きいねぇ」とつぶやき、また同じだけの階段をのぼりました。自ら望んだ道とはいえ、地獄の入り口を歩く気分。

 ロープウェイ乗り場は、それはもう、素晴らしい絶景でした。わざわざロープウェイをつくってまで見せたい景色ですもの。天候によっては東京湾の向こうに富士山も見えるそうです。吹き抜ける爽やかな風。売店には猫たちの姿も。のどか。天国。
 天国から地上へ戻るのに要した時間は、4分でした。友と分けあうパピコのおいしさよ。

 下山後は「ラムネ温泉」でひとっぷろ。いい名前です。
 年季の入った看板やエントランスにびびりながらも入ってみたら、昭和感あふれる、かわいらしいお風呂。大小ふたつの浴槽も洗い場も、昔ながらのタイルでつくられていて、大きな窓からはやわらかな光が差し込みます。体にしゅわしゅわとまとわりつく炭酸は、人工だけれど気にしない。
 昭和、こざっぱり、炭酸温泉という好きなものにひたり、階段地獄の疲れをとりました。

 昭和と炭酸にひっぱられたのか、帰り道に自販機で「メローイエロー」を見つけ、思わず買ってしまいました。果実など1%たりとも入っていない、化学的な甘ったるい炭酸の汁。こどものころ、飲んでたなぁ、缶で。 
 アンバサとか、スイートキッスとか、今もあるのでしょうか。大好きだった、つぶつぶみかん「こつぶ」。あいつは今ごろどうしているのでしょうか。
 口直しの麦茶を飲みながら、「こつぶ」の缶の底にたまったつぶつぶをカッコンとしたときの金属の歯ざわりに、思いを馳せたのでした。

 

*きょうの昭和* びりびりのガムテープや油性マジックの筆跡に、昭和から今にいたるまでの、従業員たちの奮闘がかいまみえます。

*きょうのごはん* キンキンに冷えたオールフリー&タコライス。ラム肉もまざってます。私は何もやってません。持つべきものは料理好きのマメな友。
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山田マチ『ひとり暮しの手帖』

これは、ひとり暮しの山田の手帖です。

実家をはなれて、およそ20年。
これまでも、きっとこれからも、ひとり暮し。
ここには、ひとり暮しのいろいろなことを書きつけます。
このなかのどれかひとつくらいは、あなたの心に届くかもしれない。
いや、ぜんぜん届かないかもしれない。
そんなふうな、
これは、ひとり暮しの山田の手帖です。