【発売即重版!!】人生100年時代の、男の生き方がここにある。古希(70歳)を迎えた元・大学教授の独り暮らしを描いた、笑えて泣ける珠玉のエッセイ『70歳、はじめての男独り暮らし』。試し読み第3回目をお送りします。生きるためにはまず食材を買いに行かなければなりません。西田先生、はじめて1人でスーパーに出かけますが……?
 

うーん、どれを買えばいいんだ??(写真:iStock.com/PGGutenbergUKLtd)


**はじめてのお買い物**

写真を拡大
『70歳、はじめての男独り暮らし』西田輝夫著、小社刊、本体1100円


 自分で様々な食料品や日用品を求めるようになりました。

 一週間に一度か二度、近くのスーパーに出かけ、野菜と魚やお肉を求めることにしました。妻の買い物に付き合いスーパーに出かけカートを後ろから押して歩くことはありましたが、生野菜や肉や魚を自分で選んで買ったことはありませんでした。

 いざスーパーに出かけて、まず最初に戸惑ったのは、肉にしても、魚にしても、いろいろな種類があるということです。

 牛肉、豚肉、鶏肉の区別やひき肉についてぐらいはわかっていましたが、一体何を買えば良いのかが最初の戸惑いでした。ステーキ用、焼き肉用、生姜焼き用やカレー・シチュウ用などと調理法ごとに区別されています。さらに牛肉や鶏肉では、部位別に売られています。鶏肉のモモが美味しいのか、ムネ肉が美味しいのかあるいはササミが良いのか全くわかりません。

 何回かの失敗の後、今では調理法ごとに適当な部位があることがよくわかってきました。

 魚も同じです。居酒屋では、魚の種類とそれに一番ふさわしい調理法がメニューとして示されていますので、適当に焼き魚であったり、煮魚であったりを選ぶだけです。

 しかし自分でスーパーで魚を買うときには、どの種類の魚が旬で、その魚は塩焼きにするのか煮魚にするのかという知恵がありません。妻が作ってくれていた今までの様々な料理を思い出しながら、購入するしかありませんでした。

 ある日、エビを食べたくなり、ちょうどベトナム産のむきエビがありましたので、これは便利と求めてきました。香辛料をたっぷりかけてバターで焼きました。

 自分としては、とても美味しくいただけましたが、この話を知り合いの美由樹(みゆき)先生に話しますと、「エビは殻の部分に旨(うま)みがあるので、調理は殻付きのエビで行い、食べる直前に殻をむくものですよ」と教えられました。

 でも、一人で調理して、出来上がるやいなや口に運ぶ生活をしていますと、食卓で殻をむくのが億劫で、ついむきエビを求めてしまいます。エビも蟹も、妻は全て身だけにして、ただ口に運べば良いように準備してくれていました。甘やかされていたことがよく理解できました。

 私ができる調理方法は限られており、どうしてもメニューは限られます。週に一度は、診察のために福岡市に出かけますので、材料とともに自分ではまだできない油もの(とんかつやコロッケなど)や沢山の種類の野菜が入っているサラダなどのデパ地下でのお惣菜を買うことは心の中で許しました。

 ただ、一人前の野菜を求めるということができません。

 せいぜいキャベツ半個か大根半分が最小単位です。色々な食材が少しずつ入った料理というのを作ろうとすると、多種類の野菜が必要ですが、ほとんどが余ってしまい腐らせてしまいます。その為にどうしても、一種類の野菜を沢山に一度に食べるというスタイルになります。

 最近は、野菜を冷蔵庫の野菜室にどのように保管すれば良いのかが少し分かってきたのですが。


**「たかが1円」の重み**


 テレビなどのニュースで、野菜の値段が高騰している、と報道されているのを見たことはありました。いつも99円のものが、最近は149円だとか報道されていましたが、この意味を理解していませんでした。妻もよく、「最近は大根が高いのよね」と言っていましたが、10円20円の差じゃないか、と内心思っていました。

 でも自分で週に2回ないし3回買い物に出かけると、この差が大変大きなものだということが実感として分かるようになってきます。

 男というのは、趣味の品物の値段にはとても敏感なものです。

 例えば、私はカメラや電気製品の値段には敏感で、どのクラスのカメラならいくら位、と大体把握していました。しかし日常生活品や掃除用具の値段の範囲が全く分かりませんでした。自分で買わねばならないようになると、ティッシュペーパーが今日は安いなとか、ミネラルウオーターなどの飲み物の値段にも敏感になってきました。逆に今までの趣味の品々の値段幅と桁が違いますので、今までいかに無駄遣いをしていたかが理解できるようになり、裏でやり繰りしていてくれただろう妻に改めて感謝するようになりました。

 マヨネーズやオリーブ油などの調味料や洗剤などを買うと、最後のレジでの支払いがいつもより高くなります。食べる分だけの野菜やお肉などの食料品のみを買った時と比べると、今日は色々と買ってしまったなと反省してしまいます。でもそれらがないと調理ができないのです。

 このように、野菜や色々な物の値段が分かるようになってきますと、意外に高いものだと感じ始めました。遅まきながら一円の重みを、ついに感じ始めたとも言えます。


 仕組みを完全に理解できませんが、時々「お買い物券が出ました」と言って、五百円のお買い物券がスーパーのレジで手渡されます。

 これが意外に楽しみになってきました。

 デパートの地下でお惣菜を買った時に、売り場の方から、「ポイントが今月末で無効になりますよ」と教えてもらいました。この時初めて、デパートでは、カードで買い物をするとポイントが付き、その点数分の商品を買えることを覚えました。

 ある時、地下の食品売り場は1%ですが、他のネクタイなどの売り場では5%とか10%のポイントが付くことが分かりました。つまり他の売り場ではクレジットカードや現金で買い物をして、地下の食料品売り場ではポイントを使って買うのがお得だということを理解しました。

 このことを得意になって、また美由樹先生に話しますと、「今頃何を言っておられるのですか? 主婦の常識ですよ」と軽くかわされました。

 でもこれで、ちょっとばかり家事と家計に詳しくなったような気分になれました。
 

 地下以外のデパートの売り場でものを買う時は、基本的に一個が単位です。ネクタイは一本、ハンカチーフも靴下も一つずつ買えます。

 しかし、地下の生鮮食料品売り場やスーパーでは、一パック単位で売られていることがほとんどです。お魚も、二ないし三切れで一パックですし、ニンジンなどの野菜も何本かで一パックで売られています。またキャベツや大根は、半分のものが売られています。いずれにしても一人で一回に食べるには多すぎるものです。

 野菜などは食べすぎても健康に良いことはあっても悪くはないだろうという考えで、一回にキャベツ半個を、炒めて食べたりしました。そうするとキャベツだけでなんとなくお腹が一杯になってしまいます。とにかく一種類の野菜やお肉を使う料理ばかりになり、いろいろな料理を少量ずつという食べ方ができなくなります。

 この問題は将来的には必ず解決せねばと思っています。

 このような食べ方をしていますと、段々と食事が単なる栄養補給のようになってきます。一種類の野菜と肉などの一種類のたんぱく質、それにご飯という組み合わせで、食事をする楽しみというより必要な栄養を補給しているだけという感じになってきているような気がします。

 たとえ一人で食べるにしても、バラエティに富んだ食事が必要なのだろうとは感じ始めました。そのためには時間をかけて十分な下ごしらえをする必要があります。

 しかし今のところそれらを用意するだけの余裕が時間的にも精神的にもありません。外で食事をする時やお惣菜を買う時には、できるだけ少しずつ多種類のものをお願いして楽しむしかありません。

 調理という行為は、誰かを頭に描いてその人が「美味しい」と喜んでくださることを期待して作る時には楽しみでしょう。でも調理してすぐにテーブルで一人で食べるのであれば、栄養のバランスだけ考えておけば何でも良くなってきます。

 また、サラダを作ろうと思っても、多種類の野菜を少しずつというわけにはいきません。

 そこで、いろいろな野菜を組み合わせているサラダパックというものを見つけ今のところ愛用しています。野菜を腐らして捨てなくても良いような買い方を徐々に身につけ始めました。近くのスーパーの売り場やいつも行く福岡のデパート地下の売り場をかなり把握し、どのあたりに何を置いているかも分かってきました。

 時間をかけて歩き回りますと、実に色々なものが並んでいます。いつも豆腐を求める豆腐屋の店員さんとは顔なじみになりました。買わずに通り過ぎようとすると、「ご主人、今日は要らないの?」と声をかけられます。

 これからは、一つ一つ試していって新しい料理に挑戦しようかなと考えています。そのうちに「オトコの一人飯」などと自慢できるようになりたいなと夢見ています。


     * * *

ゆっくりと少しずつ、独りで生きていくための知識を学んでいく西田先生。
次回は11月16日の公開です。

この記事をシェア
この連載のすべての記事を見る

★がついた記事は無料会員限定

西田輝夫『70歳、はじめての男独り暮らし』

「このまま私はボケるのか?」定年後の独り暮らしを描く、笑えて泣ける珠玉のエッセイ! 古希(70歳)を迎えた元大学教授が、愛妻を癌で亡くした。悲しみを癒す間もないままひとりぼっちの生活が始まるが、料理も洗濯も掃除も、すべてが初めてで悪戦苦闘。さらに孤独にも苦しめられるが、男はめげずに生き抜く方法を懸命に探す。「格好よく、愉しく生きるのよ」妻の遺言を胸に抱いて――。<目次>はじめに/第一章 家事に殺される!? ~オトコ、はじめての家事~/第二章 男やもめが生きぬくための7つのルール/第三章 妻を亡くして ~オトコ心の変化~/第四章 妻がくれたもの ~大きな不幸の先に大きな幸せが待つ~/おわりに