【発売即重版!!】人生100年時代の、男の生き方がここにある。古希(70歳)を迎えた元・大学教授の独り暮らしを描いた、笑えて泣ける珠玉のエッセイ70歳、はじめての男独り暮らし。試し読み第2回目をお送りします。
奥さまを亡くされた悲しみを癒す間もなく、西田先生の独り暮らしが始まりました。
まずは「生きるため」に食事を作ろうと台所に立ちますが……。

 

これまでは食べるだけで良かったけれど…(写真:iStock.com/paylessimages)


     * * *


 配偶者を亡くすということは、人生では最も大きなストレスだそうです。

 私もかなりまいりました。三ヶ月ほどの間、食欲もなくなり、毎日ただぼーっと生きているだけでした。あれほどダイエットが出来なかったのに、八キロも体重が減りました。

 そのため最初は、生きるために何かを食べねばならない、というところから食事を作り始めました。空腹を満たすためだけの言わば栄養補給です。

 もっとも、妻を亡くした悲しみはとても重くのしかかっていましたから、食事が美味しいかどうかというのは、たいした問題ではありません。とにかく空腹が抑えられれば良いという感じでした。

 そのような生活をしばらくしていましたが、四十九日を過ぎる頃から、いつまでもこのような食生活ではいけないと考え始めます。

 いつまでも悲しんでいるわけにはいかないですし、仕事やまだ少し残っている私自身の医学者や眼科医としての使命を果たすためにも、ちゃんとした食事をとる必要があると考え始めました。

 朝食は簡単に済ますとしても、昼食と夕食をどうするかということが、最初の大きな課題でした。贅沢でなくて良い、自分で楽しめるような料理を作ってみよう、という気持ちが湧き上がってきました。

 私の家の近くには簡単に食べに出かけられる定食屋はありませんから、コンビニでお弁当を買わないとしますと自分で調理するか、スーパーやデパートの地下でのお惣菜を買ってくるかしか方法はないのです。
 

包丁も鍋もどれを使えばいいのかさっぱり分からない


 さて、いざ台所に立ちますと、どのような道具を使って調理するか考えなければなりません。さらにその前に、台所のどこに何があるのかを把握しなければなりません。基本のまな板と包丁のありかはすぐにわかりました。

 しかし、「こんなに色々な種類の包丁が必要なの?」と自問するほど様々な包丁があります。正直なところ、今までにその中の一つの包丁しか使っていません。

 逆に、果物などの皮をむく小さなナイフが見つかりませんでした。これは新しく求めました。

 同じことが、お鍋やフライパンにも言えます。お鍋ってこれほどの種類があるのだと改めて感心するだけです。妻がこれらの全てのお鍋やフライパンを使っていたとは思えませんが、多分テレビショッピングで次から次へと求めたのではと勝手な想像をしてしまいます。

 お鍋については、少し浅いお鍋と、うどんなどの麺類をゆがく小さいけれども深いもの、そしてフライパンがこの一年余りの間基本的に毎日使ってきたものです。この二つのお鍋とフライパンで、ほとんどの料理を毎日作っています。

 つまりこれらが基本的なものだということがわかったわけです。

 ある時、納戸に行くと深い大きなお鍋がありました。後でスパゲッティをゆがこうとした時に、このお鍋が必要だということがわかりました。捨てなくて良かったと思います。

 でも、スパゲッティを食べるのは月に一度か二度です。どうしても食べたい時には、幸い自宅の近くに、懇意にしているとても美味しいイタリアンレストランがあり、そこへ出かけることにしていますので、それほど家で調理することはありません。でもニンニクと赤唐辛子だけのあっさりしたスパゲッティ=ペペロンチーノなど、自分でゆがいて適当な味付けをして食べるのも美味しいものです。

 その他に、時々冬に食卓で二人で鍋をつついた時に使用した電気のお鍋があります。これはしばらく使うことはないと思いますが、思い出があり捨てることができず、納戸に収納してあります。
 

 たくさんあるということは、逆に何もないのと同じことです。


 そこで、台所の片付けを兼ねて、思い切って私が多分これから使うだろう、あるいは使いこなせるだろうと思うものだけを残して、ほとんどの物は処分することにしました。片付けをして私なりに使いやすいようにするためには、まず収納できるようなスペースを確保することが必要です。

 これは、部屋の片付けや衣類の片付けにも共通して言えることです。空きスペースを作り、そこに自分なりに分類して、使い易いように順に収め直していくことが必要です。妻の頭の中では、きっと何処(どこ)に何があるのかははっきりとわかっていたのでしょうが、残念ながら私には理解できません。万一また必要になった時には、新たに購入しようと決心してかなり大胆に捨てました。

 しかも台所は、毎日どうしても食事を作って食べるために最初に片付けねばならないところです。葛藤はありますが、私が使いそうなもののみを残して捨てました。

 ただ包丁類は、どのように捨てて良いのかわからず、未だに残っています。


 次に問題となったのは、包丁が切れなくなったことです。


 切れなくなる度に新たに求めるようなものではないはず、きっとどこかに研ぐための道具があるのだろうと、台所の棚という棚を探し回り、電動の研ぎ器を見つけました。

 もちろん使い方はわかりませんが、なんとか考えて研いでみます。

 すると全く切れなくなりました。止(や)むを得ずインターネットで使い方を調べ、研ぎ直しますと見事に切れるようになるではありませんか。

 マニュアルを見ねばならないほど複雑な機器ではありませんが、とても嬉しくなりました。そしてこれから先、機器を使う時にはまずマニュアルを見てからにするべきだということを学びました。

 

 その後、居間の引き出しに、家中の電気製品のマニュアルが整理されていたのを見つけました。

 ひょっとして私が使い方で困ることを見通していたのかと、またまたここで感激いたしました。


 * * *


天国にいらっしゃる奥さまの細やかな心遣いが、西田先生の独り暮らしをサポートしていきます――。次回更新は11月9日(木)です。

この記事をシェア
この連載のすべての記事を見る

★がついた記事は無料会員限定

西田輝夫『70歳、はじめての男独り暮らし』

「このまま私はボケるのか?」定年後の独り暮らしを描く、笑えて泣ける珠玉のエッセイ! 古希(70歳)を迎えた元大学教授が、愛妻を癌で亡くした。悲しみを癒す間もないままひとりぼっちの生活が始まるが、料理も洗濯も掃除も、すべてが初めてで悪戦苦闘。さらに孤独にも苦しめられるが、男はめげずに生き抜く方法を懸命に探す。「格好よく、愉しく生きるのよ」妻の遺言を胸に抱いて――。<目次>はじめに/第一章 家事に殺される!? ~オトコ、はじめての家事~/第二章 男やもめが生きぬくための7つのルール/第三章 妻を亡くして ~オトコ心の変化~/第四章 妻がくれたもの ~大きな不幸の先に大きな幸せが待つ~/おわりに